私たちは一日24時間進行するタイムマシンに乗っている
ヴェネツィア便り | |
北村 薫 | |
新潮社 |
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ヴェネツィアは、今、輝く波に囲まれ、わたしの目の前にあります。
沈んではいません。
――あなたの「ヴェネツィア便り」は時を越えて、わたしに届きました。
この手紙も、若いあなたに届くと信じます――
なぜ手紙は書かれたのか、それはどんな意味を持つのか……
変わること、変わらないこと、得体の知れないものへの怖れ。
時の向こうの暗闇を透かす光が重なり合って色を深め、
プリズムの燦めきを放つ《時と人》の15篇。
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北村薫さんの短編集。
《時と人》の15篇というところに心惹かれました。
《時と人》のシリーズが大好きだった私ですので・・・。
でもここに登場する短編は、あのシリーズのように
不可思議な出来事があるわけではありません。
時の不思議こそは心の中にありと、そんな気がしてきました。
「道」は、定年を間近に控えた男性と、
高校教師でまだしばらくは仕事を続ける妻との穏やかな日常を描きます。
おのずと生活のリズムがこれまでとは違ってくるだろう。
けれどあまり気負わずに変化を受け入れようとする男。
こんな夫婦関係がなんかいいなあ・・・と思いました。
この人ならヒマだからと、ときには料理くらいしそうだ・・・。
考えてみたらこの夫婦の状況は一時期の我が家と似ているので、
特に思い入れが強いのかも・・・。
「高み」は、ある古い映画のDVDを見たことから、
自分が小学校のときに知ったある少女のことに思いを巡らす物語。
全く忘れていた彼女とのつながり。
あの少女はその後どうなったのだったろうか・・・。
調べていくうちに、その当時の心の糸が解きほぐされて、
数十年を経た今になって鮮烈な思いとなって蘇る。
タイムマシンは心の中にこそあるかのよう・・・。
そして「ヴェネツィア便り」は、
ある女性が30年前にヴェネツィアを旅した様子が語られます。
彼女はその様子を手紙にしたためて、ある人物に宛てたのですが・・・。
なんとそれは30年後の自分。
30年後にすっかり忘れていたその手紙を見つけた彼女は
ちょうど間近に再びヴェネツィアへ旅するところでした。
20代の自分はおそらく、時の道を歩いていくことへの恐れがあったのだろうと、
50代の彼女は思います。
だからこんな手紙を書いた。
それをこんなふうに受け止められる彼女の人生の充実を思います。
そしてまた、この中には思わぬラブストーリーもあるのです。
20代の手紙にも触れていた「ヴェニスに死す」の映画にまつわるそのラブストーリーは、
20代の自分には思いもよらない出来事。
50代になっているからこそ知っていること。
・・・このあたり、さすがベテラン小説家の手腕を見せつけられた気がします。
素晴らしい!!
私たちは一日24時間進行するタイムマシンに乗っているのだなあ・・・。
図書館蔵書にて
「ヴェネツィア便り」北村薫 新潮社
満足度★★★★.5