映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「78」 吉田篤弘

2009年03月09日 | 本(その他)
「ない」ものの痕跡
78 (小学館文庫)
吉田 篤弘
小学館
                 * * * * * * * * * *

「78(ナナハチ)」とは・・・。
昔のSPレコードの回転数です。
今やレコード自体が懐かしいのですが、
SPレコードとなればもはや相当珍しい。

また昔話になりますが、私の子どもの頃には、まだ家にかろうじてあったんですよ。
祖父か誰かからもらった、
小型のトランクのようながっちりしたケースに入った何十枚かのレコード。
蓄音機ではなくて、一応レコードプレーヤーで聞いたのですが。
子ども向けの絵のついた童謡のレコードもありました。
あのなんだかまったりとした感じの音質が懐かしいです。

本の文中に
「SPレコードにはその録音した時の空気の振動が記録されている。
だからその音を聞くと、そのときの周りの雰囲気が再現される」
・・・そんなセリフがありました。
すごく納得できる気がします。
SPレコードとまでは行かなくても、
いつぞや、なつかしのビートルズのレコードを聴いたんですね。
今でも時々ビートルズは聴きますが、CDです。
でも、そのとき、レコードを聴いたら、
同じ曲でも、わ~っと懐かしい気がしたんです。
つまり、その曲の発売当時は、やはりレコードを聞いていたんです。
そのときの音がしたんですね。
CDとレコードは音が全然違います。


さてさて、しょっぱなからすっかり話が逸れました。
この本は、まず"ハイザラ"と"バンシャク"という二人の少年の
ささやかな冒険旅行から始まります。
廃線になった線路をたどって、住んでいる町から初めて自分で足を踏み出す冒険。
ちょっと、「スタンド・バイ・ミー」の雰囲気があります。
そして二人がたどり着いた、
今はもう廃屋となった終着駅の駅長室で、
SPレコードを見つけるのです。
"バンシャク"はその一枚を大切に持ち帰り、
しかし、聞く機械もないので、
ベッドの下において、時折眺めては、
その中の音楽を想像し、あこがれていた・・・。
これが第一話。

この二人の話が続くのかと思いきや、
次には語り手も時代も変わりながら、しかし、同じ町の風景が語られていく。

次第に見えてくるのは1人の女性と彼女を囲む3人の男性像。
かと思えばいきなり50年近くも前の話になり、
しかし、そこでも現れる一人の女性と3人の男性像。

まるでレコードのように、
時代はまわりまわって、そして同じ音楽を奏でる。
繰り返される人間模様。

そして、この過去と現在の相似形である四角関係も、
思わぬ形で幕が下ります。
過去と現在、相似形なのはもちろん、そこにはしっかりとつながった糸もある。

なんと良く練られたストーリー。
そして、忘れられたレコードのように、セピア色をしたストーリーです。
"バンシャク"は語ります。

それにしても、こうしてほんの少し思い出してみただけでも、
自分がいかに「いまはもうないもの」に取り囲まれていたか分かる。
これは僕の人生全般に関わる大きな問題かもしれないが、
そういう運命なのか、
それとも知らず知らずに、自ら求めただけなのか、
とにかく振り返ってみても、
あるいは、このたったいまを眺め渡してみても、
僕のまわりにはいつでも「ない」がつきまとっている。

「ないもの、あります」を描いた著者の
「ないもの」へのこだわりが、こんなところにもあふれていたりするのが楽しい。

完全に「ない」のならまだいいけれど、
「ない」ものの痕跡やら尻尾のようなものが残されているのは「哀しい」というのです。


そうですね、私にとっての「ないもの」。

子どもの頃に住んでいた、団地のアパート。

デパート最上階の大食堂で食べたお子様ランチ。

クリスマスにサンタさんから届いた12色のクレヨン・・・。

母について行った市場で嗅いだ、白いバットに山盛りの真っ赤なイチゴの香り。

・ ・・三丁目の夕日の風景に近いかな。
そうか、あの映画は今はもう「ないもの」だから
ちょっぴり物悲しさが漂っていたんですね。

「78」吉田篤弘 小学館文庫

満足度★★★★★



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