女を失った男の喪失感と心の虚ろ
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〈これらを書いている間、僕はビートルズ「サージェント・ペパーズ」や
ビーチ・ボーイズの「ペット・サウンズ」のことを緩く念頭に置いていた。
と、著者が「まえがき」で記すように、これは緊密に組み立てられ、
それぞれの作品同士が響きあう短編小説集である。
「ドライブ・マイ・カー」「イエスタデイ」「独立器官」
「シェエラザード」「木野」「女のいない男たち」の6編は
それぞれくっきりとしたストーリー・ラインを持ちながら、
その筆致は人間存在の微細な機微に触れる。
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本作、私は確か読んだことがあるのです。
でもこのブログで紹介はされていません。
読んだものの、感想がどうにもまとまらなかったのでスルーしていたようです。
たまに、こういうこともあります。
ところがこの度、本巻に収められている「ドライブ・マイ・カー」が
映画化され、まもなく公開。
しかも西島秀俊さん!
ということで、どんなストーリーだったのだっけ?と思い、再チャレンジで読んでみました。
その「ドライブ・マイ・カー」は、冒頭の一作です。
俳優である家福(カフク)は、ある事情で自分で車を運転できなくなり、
ドライバーを頼むことにします。
その人は女性で、実のところ家福は危惧したのだけれど、
口数少なく、丁寧な運転に、すっかり心地よい乗車時間を過ごすことができるようになります。
そして家福は、彼女を相手に亡き妻のことを語り始める。
妻は美人女優で、結婚生活はうまくいっていると思っていた。
しかし、家福は気がついていた。
妻には4人の浮気相手がいた、と。
妻は病で亡くなったのですが、家福から浮気のことを話したことはないし、
もちろん妻からもそんな話はなかった。
秘密を秘密のままにして逝ってしまった妻。
その後、家福は妻の「最後の浮気相手」であるはずの男と、交友関係を持つのですが・・・。
こんな風にこの「女のいない男たち」は、
恋人や妻が、かつてはいたのだけれど、去って行ってしまった・・・
そういう状況にある男たちの周辺を綴った短編集となっています。
それは、他の男に走ったということだったり、死んだということだったり、
いちばんダメージが大きいのは自死した、ということだったり・・・。
本作には、最後に表題でもある「女のいない男たち」という一編が付け加えられています。
それはほとんど本巻の総括的色合いを持つかも知れません。
そしてひとたび女のいない男たちになってしまえば、
その孤独の色はあなたの身体に深く染み込んでいく。
一度心を寄せ、体を寄せ、時間を共有して理解し合っていると思えた。
そんな相手を失った喪失感と心の虚ろは、
時が経っても癒えずに自分の一部となって抱えていくほかないのでしょう。
「木野」は最も村上春樹らしさを感じるストーリーかも知れません。
ちょっと不思議な、春樹ワールドに迷い込みます。
ところで、これが「男のいない女たち」だったらどうなのか。
いや、ダメだわ。
「孤独」というより「自由」が先に立ってしまいそうな気がする。
こんな深遠な本にはなりようがない・・・(?!)
「女のいない男たち」 村上春樹 文春文庫
満足度★★★★☆
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