映画と本の『たんぽぽ館』

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「砂浜に座り込んだ船」池澤夏樹

2018年01月27日 | 本(その他)

今は亡きものと密かに語り合う

砂浜に坐り込んだ船
池澤 夏樹
新潮社



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札幌近郊の海岸で、砂に坐り込んだような姿で坐礁した大きな貨物船。
その写真を眺めていると、死んだ友人が語りかけてくる。
遊び上手の粋な男で、古い家に母と二人で暮らしていた。
老母を喪ってからその死までの、
案じながら踏み込めなかった友人の晩年に耳を傾け、
自身のあてどなさをあぶりだす表題作など、
生者の同伴者としての死者を描いて、人生の底知れなさに触れる全8篇。

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池澤夏樹さんの短編集です。


巻頭が「砂浜に座り込んだ船」。
それはつまり、砂浜に座り込んでいるように、座礁した貨物船のこと。
本作の語り手は、わざわざ座礁した船の近くまで行って見てきます。


座礁した船は美しかった。
場違いであることを少しも恥じず、
自分のいるところが世界の真ん中と言わんばかりに堂々と、
周囲をうろつく人間たちを完全に無視して、優雅にそこに座っていた。



そして、自宅に帰ってからその写真を眺めているうちに、
ふと、自分の隣に今はもう亡き友人が座っているのに気づきます。
その友人と会話を交わすうちに、彼の老母が火事で亡くなったことも思い出す。
そして失意の彼がしばらく呆然とし、焼け跡から拾い集めた過去の遺物の整理ばかりをしていたことも・・・。
もしかすると、座礁し動けなくなった船で、
彼のことを思い出したのかもしれません。
池澤夏樹さんの短編を読むと、その詩的感覚を受けて、
静かに心が落ち着いていく気がすることがあります。
その描写の言葉の奥に、深くて静かな精神世界の広がりを感じる・・・。
だからどれも貴重な一作。


「苦麻の村」
震災後にマンションの一室をあてがわれた被災者の老人は、
いつしか無人の電気も通わない故郷の我が家に帰り、
たった一人で暮らし始める。


「上と下に腕を伸ばして鉛直になった猿たち」
広い湖のような、川のようなところを船で渡り、
向こう岸につくと丘があって、その中腹にホテルが立っている。
そのホテルにしばらく滞在することになった男。
そこで彼は、18歳で大きな電車の事故で亡くなった姪と再開する。
・・・この黄泉の国のイメージ、
「DESTINY 鎌倉ものがたり」のイメージと比較すると面白い。


これら、震災や大きな事故等の後の話も色々と感じる所も多いのですが、
他に好きだったのは「夢の中の、夢の中の」。
夢の中で夢を見て、またその夢の中でも夢を見ていて・・・
というマトリョーシカみたいな話なのですが、(映画にもありましたね)、
「今昔物語」ふうに語られるところが鄙びた幻想味を呼び起こして、魅力的です。

図書館蔵書にて
「砂浜に座り込んだ船」池澤夏樹 新潮社
満足度★★★★★



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