問題提起満載ながら、読み物としても魅力的
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手話通訳士・荒井尚人は、結婚後も主夫業のかたわら通訳の仕事を続けていた。
そんなある日、ろう者である妊婦から産婦人科での通訳を依頼される。
荒井の通訳は依頼者夫婦の信頼を得られたようだったが、
翌日に緊急のSOSが入り―。(「慟哭は聴こえない」)
旧知のNPO法人から、荒井に民事裁判の法廷通訳をしてほしいという依頼が舞い込んだ。
原告はろう者の女性で、勤め先を「雇用差別」で訴えているという。
かつて似たような立場を経験した荒井の脳裏に、当時の苦い記憶が蘇る。
法廷ではあくまで冷静に自分の務めを果たそうとするのだが―。(「法廷のさざめき」)
コーダである手話通訳士・荒井尚人が関わる四つの事件を描く、
温かいまなざしに満ちた連作ミステリ。
『デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士』『龍の耳を君に デフ・ヴォイス新章』に連なるシリーズ最新作。
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「デフ・ヴォイス」のシリーズ3作目。
嬉しいことに、本巻では荒井がみゆきと入籍し、
その娘美和を加えて3人の家族となりました。
そして、2人の間の子どもも誕生したのです。
両親ともろう者の荒井は、その遺伝子から
自分の子どももろう者となる可能性が高いのではないかと案じ、
子どもを作ることに難色を示していたのです。
でもみゆきはそのことも承知の上で子どもが欲しかった。
そして、結果はやはり、聴覚障害の子どもだったのです・・・。
けれど今は生まれて間もない頃から補聴器を付けたり、人工内耳を埋め込んだりして、
より聴者に近づけようとする動きがあるんですね。
でもそんな手段を使ったとしても、
「聴者」の聞こえ方と同じになるわけではない。
「障害児は減らさなければならないものなのか、
世の中にいてはいけないものなのか」
そんな思いで、2人は、娘・瞳美の手術を断念します。
妻みゆきは警察官で、仕事が不定期な荒井の方が必然的にヒマ。
そんなわけで、荒井の家事育児に携わる率もかなり高いのです。
いい感じです。
周囲の人も、荒井はどこか近寄りがたい雰囲気をまとっていたけれど、
子どもができてからはなんだか柔らかくなったと言っております。
よかった、よかった・・・。
と、しかし物語はそんなのんきなものではなく、聴覚障害者の置かれた立場の困難満載。
この本がどんな人も自分らしく、
ある程度の満足感を持って生きられる世の中のための、
ささやかなりとも力になれたらいいな、と思う次第。
本巻掲載のストーリーは、どれも好きなのですが・・・
★慟哭は聴こえない
ろう者である妊婦の健診に手話通訳として付き添った荒井。
医師の人柄にも寄るでしょうが、
以前は医師の言っていることが理解できず、不安ばかりを抱えていた妊婦。
筆談といっても、人によっては面倒がられます。
そして、日常生活の中で何か体調に異変があったとして、
ろう者は119番に電話をして「伝える」ことができない。
新たな問題提起をしてくれました。
★クール・サイレント
スタイルも良くイケメンのろう者HALがモデルとして頭角を現し、
ドラマデビューを果たすかというその直前。
彼を取り巻く人々の、格好良さとかあるべき「手話」とかの期待ばかりがふくらみ、
自分らしさのままでいられなくなってくる青年が登場します。
これも一つの切り口ですね。
★静かな男
廃墟のような家で亡くなっていた浮浪者らしき男。
事件性はないと思われますが、その当人の身元がわからない。
珍しく本作は荒井ではなく何森(いずもり)刑事の視点で描かれていまして、
彼は荒井と知り合うことから、ろう者がらみのことには常よりも注意が向くのです。
この男は、どうもろう者だったらしい・・・。
荒井にも協力を依頼し、わずかな糸をたぐって愛媛のとある小さな島を訪れることになる。
しかもこれはもう捜査ではなく、休暇を取ってのことなのです。
以前の何森はこんな人物では決してなかった。
影で協力してくれたケーブルテレビの職員もナイスでしたね。
大好きな一作となりました。
どんどん魅力的になる本シリーズ。
この先も楽しみです。
図書館蔵書にて
「慟哭は聴こえない」丸山正樹 東京創元社
満足度★★★★★
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