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「羊をめぐる冒険」村上春樹

2016年05月06日 | 本(その他)
少しの恐怖と膨大な寂寥

羊をめぐる冒険
村上 春樹
講談社


* * * * * * * * * *

野間文芸新人賞受賞作
1通の手紙から羊をめぐる冒険が始まった
消印は1978年5月――北海道発
あなたのことは今でも好きよ、という言葉を残して妻が出て行った。
その後広告コピーの仕事を通して、
耳専門のモデルをしている21歳の女性が新しいガール・フレンドとなった。
北海道に渡ったらしい<鼠>の手紙から、ある日羊をめぐる冒険行が始まる。


* * * * * * * * * *

先日読んだ本で、内田樹氏が「羊をめぐる冒険」から
村上春樹は今のスタイルに変わったというようにおっしゃっていたので、
気になって読んでみました。
1982年初版。
でも、79年の「風の歌を聴け」が長編デビュー作ですから、
かなり早いうちに独自のスタイルを確立した、ということになります。
私は不勉強で、世間一般的に村上春樹さんがどのように言われているのかもよくわかっていなかったのですが、
ウィキペディアによると、「平易な文章と難解な物語」
そして「現実世界と非現実の異界がシームレス」とあります。
なるほど~、確かにそれです!
「羊をめぐる冒険」は確かにそういうスタイル。


冒頭は、別れた妻のこと、そして「耳」のきれいな新しい彼女のことから始まるのですが、
この辺はちょっと入りにくかった。
けれど、いよいよ「羊」が登場することによって、
物語はどんどん緊張感をまして、私たちをその世界に引きずり込みます。


<僕>のところに、友人の<鼠>から1枚の写真が届きます。
それは牧場に羊がのどかに群れているという何の変哲もない写真。
しかしその中の羊の一頭がよく見ると他の羊とは変わっていて、
背中に星状の模様が入っている。
<僕>は、謎の超有力人物から依頼され、というよりも殆ど脅迫されて、
その羊を探しに旅に出ることになります。
そこで向かうのが北海道、ということで、
にわかに親しみを感じてしまう私。


しかし、この牧場のある十二滝町の歴史には、胸を突かれてしまいました。
これは架空の町ではありますが、
北海道の多くの町はこんな風に苦難の末開拓されて、
ほんのいっとき栄えながらも今また衰退の道をたどっている
・・・そういう代表みたいな町なのですね。
<羊博士>のエピソードにもまた胸が痛みます。


さて、この牧場に向かう山道の途中に、<不吉なカーブ>があるのです。
先ほど、著者のストーリーは「現実世界と非現実の異界がシームレス」と書きましたが、
本作に限っていえば、シームレスではなくて
ここがちょうどつなぎ目だということがわかります。
まだ完全にシームレスという域まで達していない、
そういうところが興味深いですね。


秋も終わって、羊たちはもう麓の村に帰り、
広い牧場に他には誰もいない、その中の一軒家。
ここはすでに「非現実の異界」。
<僕>はそこで、あり得ないものを見ることになる。
ほんの少しの恐怖と広大な寂寥。
これが真夏の牧場ならこういう雰囲気にはなり難いのですが、
今まさに雪にうまろうとする寸前のこの時期、というのがまた妙に物語とマッチしているのです。

まさに村上春樹を堪能した、と言うにふさわしい一品。

「羊をめぐる冒険」村上春樹 講談社  (図書館蔵書にて)
満足度★★★★★


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