高度成長とは無縁の男が、たどり着く先
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刑事たちの執念の捜査×容疑者の壮絶な孤独――。
犯罪小説の最高峰、ここに誕生!
東京オリンピックを翌年に控えた昭和38年。
浅草で男児誘拐事件が発生し、日本中を恐怖と怒りの渦に叩き込んだ。
事件を担当する捜査一課の落合昌夫は、
子供達から「莫迦」と呼ばれる北国訛りの男の噂を聞く――。
世間から置き去りにされた人間の孤独を、
緊迫感あふれる描写と圧倒的リアリティで描く社会派ミステリの真髄。
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東京オリンピックを翌年に控えた昭和38年、東京を舞台として起こる誘拐事件。
ということで、本作は実際にあった「吉展ちゃん誘拐事件」に着想を得ています。
でもこれはあくまでもフィクションで、その事件とは別物。
とはいえ、当時の世間や警察の様子が実にうまく再現されています。
吉展ちゃん事件当時は私自身も子どもだったので、
そういう誘拐事件があったことは覚えていますが、詳しい内容は知りませんでした。
でも、本作を読んで、その事件がどれだけ世間の話題を呼んだのか
ということがよく分かります。
初めての報道協定。
当時ではまだ電話の逆探知ができなかったこと。
個人家庭に設置している黒電話はまだそう多くはなかったこと。
(そういえば我が家も当時はまだ電話はなくて、
近所の電話のある家から呼び出しをしてもらったりしていたかも。)
犯人の通話の音声が録音されて、後に公開されたこと。
それで、テレビなどのニュースがその話一色になるなどと言うのは、
今もよく見られる状況ではあります。
誘拐された児童の家族が身代金を指定された場所に置き、
しかし警察がその場を見張り始めるまでのわずかの隙に、
まんまと身代金は奪われてしまうという、警察の大失態。
これらのディティールが、非常にうまく配置されています。
そしてまた、本作の魅力は犯人像。
北海道、礼文島に住む宇野寬治は、窃盗犯として少年犯罪の前科もあり、
漁師の見習いのような仕事をしていたけれど、
やはり窃盗を繰り返し、島を出ることに。
そのいきさつも実は波瀾万丈なのですが・・・。
しかし彼は知能的に少し障害があって、
どうもそれは子どもの頃に父親から受けたDVに起因するものであるらしい。
そのためかどうかは分からないけれど、盗みは良くないというような、
正義感が欠如しているようではあります。
やがて寬治は東京にたどり着く。
そしてそこでも窃盗を繰り返していきます。
このあたりまではところどころ寬治の視点でも文章が描かれていているのですが、
さて、いよいよ誘拐事件の所は、寬治の視点はナシ。
警察側では、若き刑事・落合昌夫が主な視点となります。
彼は大学出、つまりは当時はまだそんな言葉もなかった「キャリア」の走り。
警察組織は旧態依然としていて、非合理な習慣のようなものがまだ残っているのですが、
作中に登場する落合の年配上司たちは概ね理解があり、
職務に前向きで、イヤな感じはありません。
落合は、誘拐犯として寬治の存在に目をつけ始めますが、
そのあたりでは読者にも真偽のほどは分からないのです。
窃盗犯ではあるけれど、寬治のことはどこか憎めないし、
子どもを誘拐するような人物とは思えなかったりもするので・・・。
私はどうか犯人は別の人でありますように・・・等と期待してしまったりしました。
しかし、その期待もむなしく・・・
ラストの逃走劇の所は圧巻でした!!
<図書館蔵書にて>
「罪の轍」 奥田英朗 新潮社
満足度★★★★★
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