卒業公演がやってきた。いやいや、まだ来ない。まだ、十ヶ月も先、11月の話しだ。プラザ演劇学校の二年目は、ほとんど一年かけて舞台を創るってことになった。作品はソーントン・ワイルダーの『わが町』、これを役場のKさんが川西版に脚色して上演するってことになった。
さて、演出は、Sさん。まあ、妥当なところだ。彼女は演出力も意欲も統率力も兼ね備えていたからね。役についてはそれぞれが希望を出して、それを見てSさんがキャスティングするってことになった。僕?男性の役で一番出番の多い役、原作でいう舞台監督という役を希望した、図々しい!小さな田舎町の隣り合った二家族の何気ない日常をスケッチしたこの作品、そのスケッチの一枚一枚を案内して歩くのが、舞台監督の役だ。
原作じゃ男性一人なんだけど、僕たちの舞台では、男と女二人で掛け合いのように演じるってことだった。なので、セリフは原作の半分、うーんちょっと残念?でも良かった?まあ、どちらでもあったかな。相方は二十歳代の女性。ちょっと嬉しい?そんなことはない。
で、稽古が始まった。う~ん、何にも言ってくれないんだよ、演出。いろんな役があるし、いろんなシーンがあるから、そうそう、こっち向いちゃくれないのはわかるけど、ごくごく手短な指示があるっきり。相方さんは結構かまってもらってんのにね。やっぱり年上のおじさんには言いにくいか?それはないな、Sさん場合。教頭の修三先生に対してだって食い下がっていく人だから。
最初は随分と心配だったけど、まっ、僕がやってることでいいってことなんでしょ、と気持ちを切り替えた。それからは、ひたすら他の役者さんの演技の観察に時間を充てることにした。だって、出ずっぱりの役なんだから、他の人の芝居見てるしかないじゃない。
あそこはこうやるよな、僕なら、とか、うーん、彼女はこの向きから見るといいぞ、とか、あのセリフは違うよとか、演出が要求してんのはこうなんだよとか、ともかく、稽古時間の大部分は見てるしかないわけなんだから。10ヶ月近くの間、ただひたすら、見たね、考えたね。陰の演出家ってところかな。もちろん、余計な口出しなんてしなかった。これ一番嫌なことだからね、演出にとって。独断と言われようと、独りよがりと言われようと、自分のやりたいようにやる、これが演出の醍醐味ってもんだよ。で、この時のひたすら観察が、演出をやっている今の僕に大いに役に立っているって感じる。
だから、演劇部の部員達には、他人のダメだしを真剣に聞けって、いつだって注意してる。自分が言われてんじゃないから、関係ないってのが多いんだよ、残念ながら。それじゃ伸びないんだって。
さて、いよいよ本番。昼夜二回の公演。たくさんの人が見に来てくれた。ありがたかったね。プラザ演劇学校が注目されてるってことがよーくわかった。出来の方は、まあまあ、だったかな、舞台全体も僕の方も。初めての大役だったけど、感激というほどのこともなかった。生意気!あまり好きな芝居でなかったってこともあるかな。僕としては、もうすでに、卒業後の新劇団立ち上げに心が動いていたからかな。
とは言うものの、間違いなく自信はついた。勉強もできた。それと、演劇学校の仲間たちに、あのおじさん、結構やるじゃん、って思ってもらえたことが大きかったかな。えっ、誰もそんなこと思わなかったって。そうだよな、だから、今だって苦労してんだよ、みんなちっとも認めてくれない。
でも、この舞台がなかったなら、ここまでずぶずぶに演劇に、劇団に溺れるってことはなかった!これだけはたしかだね。