夫の永年勤続に贈られる恩典。それを使って行ったのがニューヨーク。私は歴史のあるヨーロッパの方がよかったのですが、ニューヨークはエネルギーのいる街だから若い時に行った方がいいという理由で。もう20年ほど前の話です。
夫は何度か訪れており、その感動を家に閉じ込められている私に「今見せておきたい」と配慮してくれたようです。
その時にニューヨーク近代美術館(MoMA)で見た1枚の絵、ルソー『夢』。2m×3mの大作がこの本「楽園のカンヴァス」の始まりです。
主人公は大原美術館の監視員早川織絵。監視員と言っても経歴はパリで美術史を学び若くして博士号をとった研究者ですが、事情があり日本に戻りひっそりと暮らす女性。もう一人の登場人物がMoMAのアシスタントキュレーター、ティム。
この二人がスイスの大コレクターのバイラーから指名を受けて所蔵品の真贋鑑定を依頼されます。
それはMoMAが誇る『夢』と同じ構図の大作。こちらのタイトルは『夢を見た』。ルソーは2点の絵を描いていたのか・・・?
バイラーの出した鑑定の条件は1冊の古書をそれぞれが読んで判定を下すというものでした。
ルソーの生きた20世紀初頭のパリと、鑑定を行った1980年代のスイスと、鑑定した二人のその後の2000年という時空を駆け巡って話が進みます。
ルソーの画家生活ばかりでなく、ピカソも重要な決め手として登場します。何よりもコレクターの生活様式、巨大美術館の内部と学芸員の活躍と誇り、母娘の関係、ライバルでありながら心惹かれていく二人の複雑な心情に人間ドラマを見るようです。
本にも出てきますが、大富豪のコレクターの邸宅というのがまたとてもすごいのです。私が訪れたのが、ニューヨークのフリック・コレクション、ワシントンのフィリップス・コレクション、スイスのオスカーラインハルト・コレクション、パリのマルモッタンなど。
邸宅に飾られた絵が、調度品を交えて当時の大富豪の生活を偲びながら鑑賞できるというとても贅沢な鑑賞方法です。巨大美術館に比べて温かみがあり、私の大好きな邸宅美術館です。
歴史と画家は史実に忠実に、その隙間を埋める人物関係の綾の緻密さに舌を巻きました。美術館で仕事をした現場感覚も持つマハさんのすごいところです。
登場する作品名も26点。有名な絵ばかりです。この話は本物では・・・と思ってしまい、何度も年表をめくり、ネットで探しました。
その真贋の結末は・・・?心拍数のあがる、わくわくするミステリー小説、いやいやこういう事は有名絵画にはありうることかもしれない・・・。ぜひお勧めしたい本です。
世界のどこかで、屋根裏部屋に忘れ去られた絵の下に、もう一つの絵が眠っているかもしれない・・・。夢をつないでくれる美しいストーリーでした。
最初に出てくる大原美術館から最後のMoMAまでぐいぐいと引き込まれ一気に読みました。というのは、20世紀初頭のパリと現代を行ったり来たりする世界を股に掛けた話は、私が訪れた世界の美術館やそこで見た名画、美術館ボランティアの目線など自分の経験で容易に組み立てることができたのです。
私にとって、いわば自分の経験の感動を網羅した内容で、「うん、うん」と納得し心に刻み込み、深く印象に残った本です。
訪問地を選別しながら興味と好奇心で回った旅行ですが、今の世界情勢や年齢的にも海外旅行はもう無理かも・・・。ただ、「これが最後の海外旅行」と銘打った旅行が存在していないのがとても心残りでした。
しかし、この本はそんな不完全燃焼のあいまいな終わり方と気持ちを充分に納得させ得る内容でした。
私の心を満たしてくれる素敵なレゼントをもらったような・・・。原田マハさんに感謝です。