幕末の小説には必ず登場する松平春嶽。徳川一門でありながら開明的であった春嶽が、小説やドラマで主人公になることが少ない気がしていました。
なぜ?そして偶然見つけたのがこの本です。
★ 葉室麟『天翔ける』
越前藩主と言いながらも生まれは御三卿の田安家。徳川の血が流れている家門大名です。早くから開国論者でしたが、同時に尊王でもあったので朝廷と敵対したわけではありません。国内外の緊迫した状況の中で幕府を守るために公武合体、雄藩連合とその都度模索していきます。
大きく影響を受けた橋本左内、横井小楠の具体的な思想が分かりやすく書かれており、坂本竜馬の訪問は大政奉還へとはっきり舵を切りました。
この時の小御所会議の場面が秀逸です。(春嶽+山内容堂)対(岩倉具視+薩摩)のやり取りの場面が詳しく書かれて、その歴史的意味がはっきりと納得できました。
将軍慶喜に対する春嶽の覚めた観察眼がなかなか面白く、慶喜像を一番納得させてくれました。
権勢欲がなく奸智を巡らさず、誠実に調和を図りながら政権交代に大きく貢献した春嶽の一生を描いた小説です。
★ 辻原登『発熱』
2000年、日経の連載小説で初めて辻原登さんの小説に出合い印象に残っていましたが、何となくまとめて読んでみたいと思うようになり文庫本を取り寄せました。
というのも、著者の知的視野が広くクラシック、漢詩、絵画、古美術、焼き物、国内外の文学・・・が至るところに散りばめられ、読み進めながら豊かな気持ちになったからです。
ウォール街で名を知られた凄腕のトレーダー天知龍。暴走族上がりで少年院にいた身寄りのない彼に手を差し伸べたのが亡き母の美しき友人。その支えがあって東大からニューヨークへ。
無届で米国債の運用をしている邦銀の行員を、龍は巨額の債権を空売りして合法的に叩きのめします。そんな生活に嫌気がさし、異常な夢から覚めたように日本に帰国します。
そんな辣腕の彼に誘いの手がかかります。戦後日本の既成権力集団に挑む戦いです。
手始めに不良債権にまみれた証券会社を自主廃業させ、政府系銀行を潰しにかかります。
権力集団の反撃は苛烈で、そこに見え隠れする謎の女性が、母の友人であり龍を陰で支えた女性と同一人物でした。20歳も年上の彼女を思慕する龍。
トップクラスの人間相関図に恋愛感情も絡んで、複雑な糸がサスペンス風に解きほぐされていきます。
金融の世界を理解するのは私にはハードルが高く、完全に理解できたという感じがありません(-""-;)
芥川賞受賞作家というだけあり、細部までも繊細な感覚で見つめ、それを美しい日本語で表現するところに大いに心が引かれました。