吉村昭著「闇を裂く道」はJR東海道線の丹那トンネル工事を描いたノンフィクション。
私の好みの一冊だが、この丹那トンネルが苦難の工事の末に完成したことをこの本で知った。自然に立ち向かう人間の力と人間が破壊する自然の貴重さの両方が根幹を成していてこの物語の魅力となっている。
丹那トンネルは全長7.8km。
熱海側の入口部分に若干のカーブがある以外はほとんど直線である。
この一見簡単なトンネル。
掘るのに実に16年もかかったのだ。
着工は大正7年で完成は昭和9年。
もともと蒸気機関車で牽引された列車を想定して建設が開始されたのだが、開通したときの一番列車は電気機関車に引かれた大阪行きの特急だった。
東海道の基幹路線はすでに蒸気から電気の時代に変わっていた、というぐらい時間がかかった。
途中いくつもの崩落を経験し亡くなった作業員は67名に上る。
度重なる出水は丹那トンネルの上にあった豊富な水源を干やがらせ特産をわさびや稲作を中心に農業に甚大な被害を及ぼした。
この現代でいうところの環境破壊は凄まじく、いまは農地としての価値はなく住宅地などに変わっている。
当然国がこの農業被害に対して見舞金を交付したわけだが、破壊された自然は戻ってくることはなかった。
トンネルが貫く7.8kmは、丁度伊豆半島が本州にぶつかっている根本にあたり地形は複雑だ。
太平洋プレートに押された伊豆半島と大陸からの本州がぶつかったところにあたるためエネルギーが蓄積された結果として活断層が多い。
丹那トンネルにも活断層が一つ横切っているのだが、これが工事途中の昭和5年に動いた。
北伊豆地震と呼ばれる大地震で、瞬間的に動いた地層は掘られていたトンネルを閉じてしまった。
幸いに作業者がいない時間帯での発生だったため被害者はいなかったが、掘っていたトンネルが一瞬で寸断され数メートルもズレてしまうという驚くべき地震は、この丹那トンネルの安全性が100%ではないということを私達に教えてくれているのだ。
熱海側入り口のカーブは、この地震のための設計変更で生まれたカーブなのだ。
リニア新幹線の静岡県内通過の工事申請が却下された。
環境アセスメントが十分に議論させていない中、静岡県としては環境破壊とそれに繋がる天竜川の水源破壊を認めるわけにいかないというのがその理由だ。
リニア推進派には、
「静岡県に駅ができない嫌がらせだ」
と叫んでいる人達がいる。
その人達は丹那トンネルで静岡県がいかに苦悩したのか知る必要がある。
一度掘ったトンネルの穴は容易に埋め戻すことなどできないのだ。
まして、今回はその中が誰にもわからない南アルプスの地中深くを掘り進む。
もし大出水をして水源が枯渇したら。
地震が発生して軌道が塞がれ、そこに時速500kmの列車が突っ込んだら。
火災がでたら。
超高電圧の電流に問題が生じたら。
磁場は。
停電は。
リニア新幹線工事を阻止する根拠はいくらでもある。
推進する科学的根拠は説明されないので、静岡県知事の判断は今のところ正しい。