萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第73話 残像act.3-side story「陽はまた昇る」

2014-01-02 00:33:18 | 陽はまた昇るside story
warder 番人の貌



第73話 残像act.3-side story「陽はまた昇る」

観碕征治 Seiji Kanzaki

1942年3月東京帝国大学法学部卒、同年4月内務省へ入省し警保局に配属。
1947年12月31日GHQの指令で内務省廃止、それに伴い警保局の廃止後は公安委員会。
1954年7月1日警察法施行により設置された警察庁へ配属、警備局、県警本部長など歴任。

戦前の内務省は「官庁の中の官庁」と呼ばれる有力官庁であり内務次官・警保局長・警視総監は重職で「内務省三役」と称された。
そして戦後、警察庁のように内務省の業務を継承する官庁を「旧内務省系官庁」と呼ぶことが多い。
この出身者であることが内閣官房副長官・宮内庁長官の任命に現在でも考慮されている。
いわゆるキャリアのなかでもエリート、そんな男とその部下に英二はただ微笑んだ。

「ご依頼の事件録はこちらで全てかと思います、ご確認頂けますか?」

書庫室の作業台、書類ひとまとめ示してスタンド点ける。
現場記録から日誌に地図、事件当日を記した全てへ現場係の男が問いかけた。

「昨日の夕方に依頼したものが、全て揃っているのか?」
「はい、」

頷いて微笑んだ先、隠した懐疑の視線は作業台へ向かう。
そんな傍らスーツ姿の老人は書類をとり、英二に笑いかけた。

「閲覧とお願いしたのにコピーまで準備してくれたんですね、君が全てを?」
「はい、不足があれば書架をご覧ください、」

答えながら向きあう白髪の笑顔は好印象だと普通なら思うだろう。
けれど「知っている」から想えない、この本音を隠したままシャッター音が鳴った。

かしゃん、

短く切られる音に振り向いた向こう、ファインダーから担当者が顔を上げる。
その眼差しにある賞賛を見とりながら快活に笑いかけた。

「川北さん、スナップ写真も使うんですか?」
「はい、もしマル秘とかのシーンなら削除しますので言って下さい、」

明確に答えてくれる言葉に、嬉しくなる。
いまスナップ撮影してくれるなら「証拠」がまた手に入るだろう。

―今この現場が写真に残せるのは好都合だ、俺にとっては、

いま観碕と共に自分が書庫に居る。
その状況を画像に残しながら同伴してくれるなら証人として一級だろう。
この幸運を贈ってくれたのは訓練中の山火事だった、こんな偶然と必然の廻りも自分に微笑む。

―雷も俺に味方してるな、

落雷による山火事、それが今ここへ観碕を呼びつけてくれた。
そんな雷は「神鳴り」とも書くと聴いている、こんなことにも運命わらう想いに声かけられた。

「宮田さんは本当に良い笑顔をしますね、青梅署のこと本当だなって納得です、」

ほら、また都合良い事実が披露される。
ただ事実なら嘘も詐謀も無い、その信頼度を遣うまま闊達に笑いかけた。

「青梅署のことも何か聴かれたんですか?」
「それは訊いてますよ、取材対象なんですから。この木村と先日おじゃましてきました、」

率直な笑顔が答えてくれる、その発言にまた幸運が笑いだす。
こういう展開は予想していた、そんなシナリオ通りへ爽やかな貌に微笑んだ。

「お恥ずかしいことも知られていそうですね?」
「いや、恥ずかしい事なんて何も無かったですよ、褒め言葉バッカリで。なあ木村、」

闊達な笑顔ほころばせながら広報二人とも手帳を出してくれる。
そのページ開きかけて、すぐ気がつくと観碕へ頭下げた。

「申し訳ありません、いま宮田さんとお話中だったのに横入りしてしまって、」

恐縮と困惑の貌は観碕の呼称を省いてしまう。
もう引退した男、けれど在任中の役職は自分たちより遥か上位にある。
そんな相手を今は何と呼んで良いのか?この迷いに元官僚は綺麗な笑顔ほころばせた。

「いいえ、お話を続けて下さい、」

白髪かしげた笑顔は涼やかな瞳を細めさす。
どこまでも穏健で親しみやすい威厳、そんな空気の男は何げない微笑で続けた。

「元は私が横入りした方ですし、それに私は宮田くんの用意してくれた資料をチェックしないといけませんから。遠慮なくどうぞ、」

押しつけがましさも恩着せがましさもない、尊大な嫌味もない。
自身の用を済ませるから遠慮はいらない、そう告げられて広報の二人組は安堵と笑った。

「じゃあ続けさせてもらいます、ご本人にも掲載許可をもらうのに説明したいので、」
「ええ、業務を優先して下さい。私の方こそ後入りなんですから、」

さらり笑って作業台の椅子にスーツの腰を下ろす。
その席が旧いパソコンに近いことを視界端に見、そっと心裡が嗤った。

―やっぱり確かめに来たんだな、ハッキングの正体を、

このPC端末から「誰」が何の目的でファイルを開いたのか。
それを知るためにこの現場へ訪れて、けれどそれ以上に知りたがっている。
なぜロック解除の「パスワード」2つとも教えていない人間に解けるのか?その正体を観碕は捜したい。

―あの番号とアルファベットを1回で当てられるのは本音を暴く人間だ、だから怖いんだろ?

“191912181962040419810526”
“FANTOME”

数字24桁とアルファベット7桁、その組み合わせパターンは多すぎる。
それを教えられること無く1回で解答できるなら観碕の心理と過去を暴く可能性が高い。
そんなふうに真意を悟られ探られることは多分きっと、観碕のような男ならプライドが抉られる。

Rule of law 法の支配
For the nation 国家のために

そんな大義名分は正義の権化であるよう錯覚させる。
だからこそ観碕も悪意など皆無の貌で笑う、けれど本音は善人だけじゃない。
本音と大義名分、その陥穽に歪んだプライドを見つめながらも業務の談話は進む。

「青梅には昨日行って来たばかりなんですけど、後藤副隊長と御岳駐在の岩崎さん、警察医の吉村先生にもお話を聴いてきました。
吉村先生を伺ったとき刑事課の澤野さんと消防庁の小林さんがいらしたのでお話を聴いたんです、鑑識と救急法の凄腕だと言ってましたよ、」

手帳をくる広報担当の言葉の向こう、作業台でスーツ姿は書類の山に半身隠す。
だから翳になって動き全ては見えない、それでも今何を行い何を聴いているのか解る。

―キーボードとコピー用紙から指紋を採ってる、俺の評判を聴きながら俺の値踏みをして、

いま笑顔で広報二人と会話しながら視界と意識の端はターゲットを捕えさす。
それは相手も同じだろう、そんなふう解かってしまう同類項に肚の底から冷徹が嗤う。

―おまえ自身で確かめに来た、それが俺の目的だって気づけるかな、

指紋を採ってくれて構わない、それも本人の採取なら都合が良い。
いま自分を疑って、けれど現場まで本人が訪れたなら疑念は信頼へ裏返る。
こんなふう本人が確かめに来た、その意図と性格が自分には解るから可笑しくて尚更に壊したい。

―おまえは絶対に自身の手は汚さなかった、いつも相手の心理を利用して、

50年前の銃声2発、そこから始まった罪と利用の連鎖反応は巧みな「他力」にある。

湯原家最初の銃殺被害者、敦を殺した相手は退役軍人だった。
この退役軍人は経済的に社会的に追い詰められて元上司を殺害してしまった。
退役軍人を殺害したのは敦の息子である晉、それは正当防衛に追い込まれた行動だった。
そして晉の殺害犯にされたのは晉の友人だった、その動機は「If」言動による煽動から生まれている。
そうして最後、馨を殺した犯人は多くに追い詰められた結果に意図せず発砲してしまった、でも本当は「意図されて」いる。

いつも他人を利用した殺人、だから法に裁かれない、だからこそ「観碕自身」を利用した連鎖反応を今、すべて始める。







(to be continued)

にほんブログ村 小説ブログ 純文学小説へにほんブログ村

にほんブログ村 写真ブログ 心象風景写真へにほんブログ村

blogramランキング参加中!

人気ブログランキングへ
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする