萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第73話 暫像act.1―another,side story「陽はまた昇る」

2014-01-20 18:40:00 | 陽はまた昇るanother,side story
The mind of man is framed even like the breath 思考の柱



第73話 暫像act.1―another,side story「陽はまた昇る」

梢が鳴る、そして黄金が舞い落ちる。

木洩陽に黄葉の風なびく、その涯から青空と太陽ふらす。
きらきら森あわく輝いて落葉の音から薫る、この乾いた音も香も懐かしい。
見あげる梢は緑の夏から黄金の秋へ移ろう、そんな端境にある森を周太は微笑んだ。

―…きれいだね、いろんな色の葉っぱいいね?

仰ぐ枝は空を抱く、そこに色彩は時を並べる。
緑、橡、茶色、黄色、黄金色、光あざやかな濃淡は樹幹の黒が支えて佇む。
黒、この全てを融かしこんだ色の深く水が流れて森めぐらす、その木肌ふれて綺麗な低い声が呼んだ。

「周太、」

ほら、あの人が名前を呼んでくれる。

誰より綺麗だと見つめてしまう唯ひとり、そう想い始めたのは何時だったろう?
もう思いだせないほど深まらす想い振り向いた先、黄金の杜に深紅の登山ジャケット翻った。

「周太、たしかに俺は嘘吐きな男だよ?でも周太への気持ちは嘘なんて一つも無い、絶対の約束も今だって俺は本気だ、」

その言葉を聴いたのは、黄金の杜じゃない。
けれど記憶のまま端整な白皙の貌は佇んで、綺麗に笑った。

「約束だよ、周太。俺はSATからでも周太を攫うよ、今から一年以内に周太を辞職させて療養させる、」

そんな約束をなぜ、あなたは出来るの?

そう問いかけたいのに声が出ない、それでも見つめる金色の光にダークブラウンの髪がきらめく。
陽に透ける髪は深紅を艶めかす、その風と光に切長い瞳は自分を真直ぐ見つめて穏やかに微笑んだ。

「もう、始まったんだ、」




「…えいじ、なにがはじまったの…」

呼びかけて、その声に視界ゆるやかに披きだす。

薄蒼い天井はまだ夜明け前の証、そんな認識に時間と場所が知らされる。
いま自分は単身寮の一室に独り、このワンルームは一般社会と人間から隔つ。
そこに眠る時間から醒めてゆく、そんな感覚ごと起きあがり周太はそっと微笑んだ。

「夢、見てたんだね…今、」

夢は、奥多摩の秋にいた。
去年11月の幸せだった瞬間、あの場所で大切な人は微笑んだ。
その記憶のまま夢は黄金の光に満ちて、けれど言葉は数日前と未知を映した。

“俺は嘘吐きな男だよ?
 でも周太への気持ちは嘘なんて一つも無い、絶対の約束も今だって俺は本気だ、
 約束だよ、周太。俺はSATからでも周太を攫うよ、今から一年以内に周太を辞職させて療養させる”

そう告げてくれたのは数日前、実家の自分の部屋だった。
入隊前の身辺整理、そのための休暇に英二は帰ってきてくれた。
また逢えるなんて思っていなくて、だから尚更に嬉しかった再会と約束は温かい。

「でも夢まで見るなんて…」

ほっと溜息に微笑んでベッドを降り、カーテンすこし開けて見る。
ガラス越し空は鉄格子の向こう遮られて摩天楼の遥か藍色が狭い。
まだ夜明けまで1時間はある、そんな空の色と鉄格子に俤が遠い。

―英二、今どんな夢を見てるの?

心呼びかけて、左手の感触に初めて気がつかされる。
ずっと握りしめたまま眠っていた?その掌に独り言こぼれた。

「携帯、持ったまま寝ちゃったんだね…」

握りしめたままの携帯電話、そんな自分の左掌に本音が映る。
こんなにも本当は待ってしまう、その想いごと開いた手のなか赤いランプが点滅した。

「ん、…メール、」

微笑んで画面を開き、受信1通を確かめる。
このランプに送信人が誰かは見えて、開いた画面に微笑んだ。

From  :英二
Subject:遅くごめん
本 文 :いま3コールだけ鳴らしたよ、もう寝てるよな?
     少しでも声聴きたかったけど我慢して俺も寝ます、夢で逢って話すよ?

「…だから僕の夢に来てくれたの、英二?」

そっとメールに問いかけて、ふわり夢の声が記憶を戻す。
いま夢のなか英二は何を告げていた?

『もう、始まったんだ、』

始まったのは、何?

「英二…何か始まったから声、聴きたかったの?」

少しでも声聴きたかった、そうメールで告げる理由は「夢で逢って話す」にある?
そう考えるなら暁の夢は辻褄が合うようで、けれど「始まった」だけしか告げてくれない。

―それとも僕の思い過ごしなのかな、昨日と一昨日と考えごとしてるから…

昨日、一昨日、考えごとに自分も過ごしている。
その理由に今日も顔合わせるだろう、そしてまた思案する。
この廻りは昨日の初対面から気がつくと考えこんで、けれど誰に相談も出来ない。

―伊達さんは狙撃班でもトップなんだ、それなのに僕がなぜ?

なぜ不適格の自分が入隊テストを合格出来たのだろう?
どうして不適格者が伊達東吾のパートナーに選ばれる?

自分は入隊テストで命令違反を犯した、こんな自分は当然のこと不適格判定だろう。
それなのに合格した現実には父が警察官に「ならされた」普通じゃない真相の近似値がある。
そんな推測は出来ている、けれど「不適格」な自分がトップと組まされた事情も相手にも考えこむ。

『伊達東吾です、』

2日前が初対面、その相手はどこか英二と似ていた。

肌も浅黒く精悍な風貌は白皙の美貌と真逆で、けれど眼差しの底が似ている。
身長も10cmは差があるだろう、それでも端整な体躯は身長以上に大きく見え際だつ。
常に冷静沈着、そんな空気は仕草ひとつ無駄ない機敏に隙が無くて、その空気感もどこか似ている。

英二と伊達、二人とも瞳の底は鋭いほど澄んで、綺麗で、どこか陰翳が深い。

―伊達さんも英二と同じ空気がある、優秀な人の…そんな人と僕がパートナー組むなんて普通じゃない、箭野さんがSATにいることも…どうして?

どうして?

そう疑問めぐらすままメール画面を眺めて、仄暗い暁闇に凭れかかる。
こつり額ふれた窓ガラスに摩天楼の空は昏い、それでもメール相手の空と繋がらす。
そんな想いに少しだけ鼓動から寛いで、吐息ひとつ微笑んだ向こう今日初めての光が一閃した。

「ん…朝になる、ね?」

そっと独り言に空を見上げて、今日が始まる。

今日も伊達と業務に就くだろう、それは昨日と変わらない。
昨日と同じに二人一組で行動して1日を過ごす、そうして現場の呼吸に備える。
そんな1日は昨日と同じで、けれど今日、入隊最初の訓練がある現実ごと携帯電話を握りしめた。

「英二…ごめんね、」

ごめんね、そう告げた言葉に微笑んで返信のボタンを押す。
もしかしたら今この1通が最後になるかもしれない、その覚悟に指ひとつずつ想い綴らす。
こんなふうにメール送るひと時はたぶんきっと、今この瞬間から毎朝の習慣になってゆく。

「…僕も逢いたいよ、だから今日も」

想い、独り声こぼれて指先から手紙を綴る。
本当は話したいことが多すぎて、けれど守秘義務の壁深く何も言えない。
この不自由は佇んだ窓の鉄格子にすら明らかで、全てが檻のなか鎖される場所だと思い知る。

―それでもここは、絶望ばかりじゃないよね…そうでしょう、お父さん?

心呼びかけて俤を見つめて、その眼差しにメール相手の笑顔が重ならす。
どこか父と似ている、そう見あげてきた笑顔は父の再従兄の息子だった。
だから似ていることも納得できる、だからこそ気遣わしい事実が哀しい。

英二は、祖父の拳銃をどこに隠しているのだろう?







(to be continued)

【引用詩文:William Wordsworth「The Prelude Book I[Patterdale] 」】

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