萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第73話 暫像act.3―another,side story「陽はまた昇る」

2014-01-27 23:46:29 | 陽はまた昇るanother,side story
Invisible workmanship that reconciles 不可視の聲



第73話 暫像act.3―another,side story「陽はまた昇る」

運命が扉を叩くなら、どんな音だろう?

やわらかなノックだろうか、激しく叩きつけるだろうか。
それとも雨ふるよう雪のよう声かすかに触れて消えてゆく?

―お父さん、この場所のどこかに足跡があるんでしょう?…僕に教えて、

心ひとり呟きながら事務デスクの片隅、過去データのファイルを捲ってゆく。
まだ電子化される以前の現場記録は何年もある、それをパソコンに打ちこます。
こんな資料整理も業務としてある、その仕事に父の軌跡を見つけられるかもしれない。

なぜ父は警察官に「ならざるを得なかった」のか?

その理由と証拠が欲しい、どうしても父の現実を知りたい。
だから喘息の罹患も隠してこの部署に来た、この秘匿が知られたら多分もう叶わない。

―喘息がばれたらSATは除隊になるよね、もし現場で咳き込んだりしたら危険で…馬鹿な我儘だけど知りたい、

SATは籠城事件などの対応として誕生した。
当然そこでは秘密裏の行動が求められる、そのとき喘息発作が起きたらどうなるだろう?
その危険予想は解かっている、けれど自分の運と意地を賭けて知りたい、だから今ここを辞めたくない。

だって、父はSATに殺されたのかもしれないのに?

―もしかしたらお父さんはSATがあるから大学に残れなかったのかもしれないんだ、そのために最後も、

なぜ父は警察官に「狙撃手」にならざるを得なかったのか?

その真相の手掛かりは一冊の小説しか自分に無い。
祖父が書き残したミステリー小説、それだけが過去の事実を示唆してくれる。

―お祖父さんの小説は多分、フィクションじゃないんだ…それなのに拳銃が無かった、

“屋敷の奈落深く、私は分身を埋葬した”

そんな一節をフランス語で記した祖父の真実は、祖父の過去にある。
その過去が父を「狙撃手にならざるを得なかった」時間へと追い込んだかもしれない?
そう考えたから入隊前の休暇の初日に実家の「奈落」を掘り起こし、けれど祖父の「分身」拳銃は消されていた。

―確かにお祖父さんは拳銃を埋めたんだ、だってホルスターの革が土に混じってた、でも、鉄の錆屑は何も無かった、

祖父の拳銃は「埋められていた」その痕跡は奈落の土に混じらす朽ちた革屑が示してくれる。
そして拳銃は「消されていた」無傷のまま掘り起こされた事実を鉄屑の不存在が教えてくれた。

“Mon pistolet” 私の拳銃
“souterrain”  地下室
“enfermer”   監禁する、隠す

祖父が言う「奈落」を示す単語たちは仏間の隣、茶室に穿たれた炉。
あの家で「souterrain」地下に降れる可能性は唯ひとつ、炉を外し場合だろう。
その炉を外すには屋敷内に入り茶室で作業するしか出来ない、そして、そんなこと可能な人間は自分以外に二人だけだ。

―お母さん一人じゃ炉は外せないもの、それに小説のことも知らなかったんだ、

炉を外せる人間、そして小説の「souterrain」が茶室の炉だと読みとれる人間。
それは祖父の小説を入手し、家の構造を知り自由に出入り可能な人物という条件になる。
この2つ条件を満たす人間だけが祖父の拳銃を掘り起こす、だから可能性は限定される。

誰が祖父の「分身」拳銃を掘り起こせるのか?そんな人間は自分と父と、英二しか考えられない。

―英二、あなたなんでしょう?

父ではない、その痕跡を土が示していた。
もし父が掘り起こしたなら14年前になる、この経年より遥かに土は新しかった。
そんな事実を祖父の「奈落」に見つめて、だから父の過去に「強制された」悲痛を見た。

―そうでしょう英二?お父さんとお祖父さんのこと何か知ってるから、拳銃を掘り起こしたんでしょう?

英二は祖父の拳銃を今、持っている。

きっと祖父の拳銃は朽ちてなどいない、それは「奈落」の土質から解かってしまう。
あの土に腐敗した金属たちの痕跡は無かった、だからこそ今も父の痕跡を業務から探して、けれど見えない。

―まだ3日だけど僕に割り当てられてる事件は多分、お父さんの担当じゃないものだけだ、

父の年代に発生した事件はある、けれど父の名前は一切出てこない。
自分が誰の息子なのか上官たちは当然知っているだろう、それくらい人事ファイルの身上書で解かる。
そんな配慮は当たり前かもしれない、それでも父の事件を直接に担当する可能性を探せないだろうか?

―誰かが担当しているはずなんだ、ここ居る誰か…そのひとの手伝いが出来たら見られるのに、

父のデータ整理を担当しているのは、誰だろう?
それとも過去に父の案件は処理済でもう触ることは難しい?

―処理済だったらデータ整理の仕事にはならないよね、でも見る方法があるはず、

「…ぁ、」

思案に声こぼれて周太はそっと息呑んだ。
整理編集の仕事は無いかもしれない、けれど閲覧方法なら自分にはある。

―そうだ、参考資料にしたいって言えば良いんだ、

データ整理編集の目的は何か?それは参考資料として使用する為でいる。
それなら使用すると言えば自分も父のデータを見られるかもしれない?そう気がついてすぐ溜息こぼれた。

―ううん駄目、僕がお父さんのこと探ってるってバラすことになるもの、

せっかく思いついて、けれど無駄になる。
こんな落胆を自分は幾度あと重ねたら父の足跡に、過去の真実に辿りつけるだろう?
そんな想いもどかしいまま仕事はパソコンの画面を綴ってゆく、そしてまた考えだす。

―でも英二はどうやって辿りつけたのかな、お祖父さんの小説だけじゃ解らないのに、

『 La chronique de la maison 』

祖父がミステリー小説に遺した過去、それは祖父の還暦までしか記録が無い。
だから父の警察官になった時間軸は当然のこと綴られず、けれど英二の言動は「読んで」いる?

―僕が知らない何かを英二は読んでいるのかもしれない、おばあさまの孫である英二なら、

英二の祖母である顕子は自分の祖母、斗貴子の従姉にあたる。
そして顕子は斗貴子と最も親しい親族で祖父の事も、幼少期の父も知っている。
そんな顕子は過去の現実『La chronique de la maison 』の原点を見た唯一生存する親族になる。

―おばあさまは小説の時間を生きてた唯ひとりの親族なんだもの、なにか証拠みたいの英二が知っていても、

唯ひとり、あの過去を現実として生きた人。
それが英二の祖母だった、それを改めて思案するまま周太は息呑んだ。

「…あっ、」

唯一の生き証人、その存在に「彼」が気づいてしまったら?

―だから英二は僕との血縁関係を内緒にしてるんだ、それなのにこの間おばあさまは、

この間、数日前に顕子は実家に来てくれた。
自分が喘息発作を起こしかけて倒れて、その看病のために顕子は来てくれた。
そして自分との血縁関係を認めて母とも話をしてくれた、数日を滞在して主婦を務めてくれた。

この事実をもし「彼」が知ったら顕子はどうなるのだろう?

「…っ」

パソコンを休止させ、デスクから立ち上がり踵を返す。
その背中に低く透る声が呼びとめた。

「湯原、行先報告は?」

冷静な声、動じない声、そんな呼び声に少し宥められる。
けれど立ち止まれない想いのまま振り向いて周太は微笑んだ。

「失礼しました。伊達さん、トイレに行かせて下さい、」
「どうぞ、」

さらっと答えて、けれど鋭利な眼差しが見あげて問う。

“本当に用事はそれだけか?”

そんなふう訊くような瞳に周太は背を向け、執務室の扉を開き外へ出た。







(to be continued)

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青空零度

2014-01-27 07:56:31 | お知らせ他


おはようございます、昨日は温かかったのに今朝は寒、笑
昨日は温かい場所にいた所為もあり今日は尚更に寒く感じるんでしょうけど。

でも写真下はウチの近所ではありません、ココまで寒冷地域じゃないんで。
先々週あたりに出先で撮った氷柱です。



昨夜、Aesculapiusとside story another 草稿UPしてあります。
今日はソレの加筆校正する感じです。

朝に取り急ぎ、

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