vestige 痕跡の俤
第73話 残像act.5-side story「陽はまた昇る」
梢が鳴る、その高く風が往く。
ひとつの葉擦れが集まり響く、ざわめき風ごと強くなる。
見あげる空は青く高い、その透明なブルーに秋が近いと解かる。
あれから一年が経つ?そんな想いに制帽かぶり直しながら英二は微笑んだ。
―でも、あのひとは正犯じゃない、
常連のラーメン屋、そこの主人は殺人罪の正犯じゃなかった。
確かに彼は馨を拳銃で殺害した、けれどそこに殺意は本当にあったのか?
それは一年前の秋11月、本人の言葉から考えても解答は明白だろう。
それでも去年は気づけなくて、けれど今たぶん真実に近い。
馨を殺したのは、誰?
この命題は答え2つあるのだろう、それは「死」が2つだから考えられる。
肉体と精神どちらの死を「死」とするのかで2つ、けれど馨の死は解答1つだろう。
―馨さんを殺す理由も、あの男だけだ、
あの男、観碕征治。
観碕には馨を殺す動機も意志もある。
そして追い詰めてしまえる立場も力もあるのだと今日、刻々と確信に変わりゆく。
『今時の人は茶道を知らない方が普通でしょう?だから宮田君のお茶が気になりました』
茶道を気にする態度を自分に見せた、そこに意図がある。
あの茶の味を探りたい、そう観碕が想いたくなる過去の現実がある。
そんなふう解かってしまうほど自分と似た気配に意識だけ振り向いた。
コツン、コツン、
レザーソールが登場の宣告するよう耳障る。
こちら振り向いて気がつけ、声を掛けろ、そんな意志が透ける跫が可笑しい。
―俺に敬礼させたいんだろ?でも無理だ、
無理だ、そんな回答を意識が告げて笑いたくなる。
こんなふう傲慢に眺めてしまう視線を彼は気付くだろうか?
その可能性と提げた鞄の重みを量りながら佇んだ背後、穏やかな声が止まった。
「宮田君、おつかれさまでした、」
あまり背中から声かけられたくないな?
そんな想い振向きながら冷徹は仮面の笑顔を繕いだす。
この感覚もしばらく忘れていた、その時間は幸せだった、だから再び仮面を遣う。
「お待たせしました、観碕さん、」
快活な笑顔で応えた向こう穏やかな瞳が自分を見る。
その眼差しに敵意はない、けれど真実を知れば崩れるのだろう。
その瞬間こそ自分は仮面を初めて外す、そんな未来予想のターゲットが微笑んだ。
「久しぶりに消防庁を見学できて楽しかったです、また七機に戻りたいのですが乗せて頂けますか?」
「はい、小隊長の許可を頂ければ、」
ほら、快活な笑顔で告げたなら抵抗すら従順に響く。
この相手にはヒエラルキーを盾に遣うほど亀裂は隠れたまま深度を増す。
―崇め奉られたいんだろ?昔も今も変わらずに、
国家の英雄、
そんな言葉が昔、この国には金字塔のよう存在していた。
それは現代に忘れられた貌しながらも息づいて今、リアルが横に居る。
そんな本人は自分こそ正義だと信じて揺るがない、だからこそ揺れたら亀裂が抉る。
その姿を自分は見たい、そう願うまま視線の向こうへ敬礼した。
「小隊長、おつかれさまでした、」
ほら、敬礼姿に老人の瞳が動く。
自身には向けられない敬礼、それを受けとめる若い笑顔に視線を奔らす。
こんな微かな動きにすら自分は相手を読んでしまう、そんな自分と正反対の上官は前に立ち笑った。
「はい、オツカレサン。でも帰るまでが遠足だよ?」
軽やかなテノール笑って返礼してくれる。
そのまま怜悧な瞳は四人くるり笑いかけ明快に告げた。
「では、行きと同じに分乗して帰りましょうかね。観碕さん、宮田の運転でよろしいですか?」
平等な呼称と敬語で笑いかけて指示してしまう。
こんなふう言われたら否定は難しい、そして観碕自身も望むところだろう。
この利害一致を貌ひとつ出さないままで白髪の男は穏やかな笑顔ほころばせた。
「はい、お願いします、」
「ではそれで。宮田、戻ったらランチインタビューだよ。川北さん、場所は会議室と食堂ドッチでも良いですけど?」
朗らかに予定を指示しながら端正な制服姿が歩きだす。
その貌は明るいまま指揮官らしくなった、このパートナーの変貌に眩しくなる。
眩しくて、だからこそ鼓動に軋ます罪悪感を噛みながらも仮面は爽やかに笑った。
「行きましょう、観碕さん?」
「はい、」
穏やかな笑顔が頷いてくれる、その瞳に期待が潜む。
これからパトカーに二人きり、この閉鎖空間に誘導尋問が始まるだろう。
―でも誘導されるのは俺じゃない、
相手の意図に微笑んで運転席の開錠をする。
その向こう側、助手席扉からグレー上品なスーツ姿は乗りこます。
ばたん、扉閉じられて空間が籠められるままエンジンかけてアクセル軽く踏み込んだ。
すぐ公道に出て景色が動き出す、その移ろいゆくフロントガラス越し穏やかな瞳が問いかけた。
「宮田君はなぜ、警視庁に入ったのですか?」
なぜ「警視庁」と訊いてくるのか?
この質問から意図と行動が確かめられるまま英二はからり笑った。
「親離れの為、っていうのが本音です、」
「親離れ?」
意外だ、そんなトーンが訊き返す。
なにか高尚な回答でも予想したのだろう?そんな相手へガラス映しに告げた。
「母親が過干渉なんです、警視庁なら原則寮生活なので親も手放さざるを得ません、」
この志望動機は真実、だから信頼を惹きだせる。
こんな動機を自分は恥じていた、けれど今に利用できる幸運を感謝したい。
そんなふう想うと母への否定も肯定になるようで、嬉しく笑った向こうも笑った。
「なるほど、それは納得の理由ですね?でも、」
でも、
そう短い言葉にフロントガラスの目が覗く。
この先に続くだろう予想の通り元官僚は問いかけた。
「山岳救助隊は警察で最もハイリスクが日常の現場です、そこを志願するだけの覚悟とモチベーションがあるでしょう?」
「そうなのですか?」
さらり疑問形で返しながらハンドル切り、帰路を辿ってゆく。
いま問いかけに思考と嗜好を誘うままターゲットは口開いた。
「SPやSATはハイリスクな部署ですが毎日が現場ではありません、けれど所轄の山岳救助隊は最前線が日常です、遭難事故も少なくない。
週休でも管内に居れば召集に応じて救助活動にあたるでしょう?危険が日常的すぎて家族も巻き込みます、よほど信念が無ければ出来ません、」
任務に理解がある、そして敬意すらある。
尊重と同調を口にする眼差しは偽りない、だから理由が解かる。
―こういうカリスマが罪悪から麻痺させるんだ、出世目的の犠牲すら美化して、
ハイリスク、信念、そんな言葉に奉職意識を愛撫する。
それが筋目正しいエリートキャリアから告げられたら、心酔する男もあるだろう。
そうして綯われたヒエラルキーに殺された俤たちが制服の胸元から鍵の輪郭あざやぐ。
―馨さんも同じ貌で言われたんだろな、晉さんのことも敦さんのことまで利用されて…意志も何もかも、
この男が馨を殺した、そのために晉も敦も殺した。
この過去への推量はフロントガラスの貌と言葉に確信へ変わりゆく。
この確信を馨も晉も見つめていた、けれど証拠も証人も掴めないまま二人は死んだ。
こんな現実を思案するほど「警察官」である今に感謝したい、そう想うまま英二は爽やかに笑った。
「そうですね、私に信念があるとすれば山への意志でしょうか、」
「山への意志、ですか?」
訊き返す、またその言法に理解と敬意が示される。
どうか訊かせてくれないか?そんな言外の誘導に笑いかけた。
「いちばん高い場所に立ってみたいんです、山岳救助隊なら遠征訓練がありますから、」
天穹に最も近い場所、その高みをただ見てみたい。
この願いこそ正直な本音で祈りでいる、そして願いには望みたい場所がある。
この世界で唯ひとつ望みたい「隣」を護りたい、その意志と見つめるガラス越しターゲットが微笑んだ。
「難しい山を幾つも制覇されたそうですね、たった一年で、」
「指導官が優秀ですから、」
さらり本音で応えて視線すこし向けてやる。
眼差しに上官への賞賛も敬意も覗かせて、そんな視界に穏やかな笑顔ほころんだ。
「宮田君は国村君をずいぶん尊敬していますね?彼は優秀な分だけプライドも高いと聴いていますが、君は彼以上にストイックだ。
だから山火事も腕一本で止めてしまえるし、未経験の山の世界をたった一年で高難度の成功を収めてしまえるのでしょうね、素晴らしいです、」
上官を尊敬する、ストイック、そして成功を収められる。
こんな属性がある若手を観碕は好む、その嗜好を掴んでやりたい。
そう廻らす計算から組み上がらす仮面を操って完璧な好青年に笑った。
「ストイックにしないと駄目男なんです、それでは自分が困りますから、」
「自律心に追い込むわけですか、なるほど、」
なるほど、またそう言って穏やか瞳が満足する。
この貌ならもうじき言い出すだろう、そんな予測に老人は尋ねた。
「宮田君の祖父上を私は存じ上げているでしょうね、宮田次長検事と似ておられる、」
警察官僚は検察庁を知っている、それが当然だろう。
こんな縁にも廻らされて自分たちは出遭った、この邂逅に爽やかな困り顔で応えた。
「失礼なご縁だったら申し訳ないですね?」
「いいえ、失礼など無いですよ、」
答えて笑いかける眼差しがすこし懐かしげに自分を見る。
この懐旧にある過去を知りたい、そう願うまま笑って言葉に変えた。
「観碕さんと祖父のご縁について、御迷惑でなければお聞かせ願えますか?」
旧知の仲、その思い出話から信頼を誘いこむ。
同じ時代と時間を知っている相手の孫、それは最良の話し相手で信頼もしたくなる。
こんな信用誘導は手法としてありふれるだろう、けれど有効な空気が鎖された車内を浸しだす。
(to be continued)
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第73話 残像act.5-side story「陽はまた昇る」
梢が鳴る、その高く風が往く。
ひとつの葉擦れが集まり響く、ざわめき風ごと強くなる。
見あげる空は青く高い、その透明なブルーに秋が近いと解かる。
あれから一年が経つ?そんな想いに制帽かぶり直しながら英二は微笑んだ。
―でも、あのひとは正犯じゃない、
常連のラーメン屋、そこの主人は殺人罪の正犯じゃなかった。
確かに彼は馨を拳銃で殺害した、けれどそこに殺意は本当にあったのか?
それは一年前の秋11月、本人の言葉から考えても解答は明白だろう。
それでも去年は気づけなくて、けれど今たぶん真実に近い。
馨を殺したのは、誰?
この命題は答え2つあるのだろう、それは「死」が2つだから考えられる。
肉体と精神どちらの死を「死」とするのかで2つ、けれど馨の死は解答1つだろう。
―馨さんを殺す理由も、あの男だけだ、
あの男、観碕征治。
観碕には馨を殺す動機も意志もある。
そして追い詰めてしまえる立場も力もあるのだと今日、刻々と確信に変わりゆく。
『今時の人は茶道を知らない方が普通でしょう?だから宮田君のお茶が気になりました』
茶道を気にする態度を自分に見せた、そこに意図がある。
あの茶の味を探りたい、そう観碕が想いたくなる過去の現実がある。
そんなふう解かってしまうほど自分と似た気配に意識だけ振り向いた。
コツン、コツン、
レザーソールが登場の宣告するよう耳障る。
こちら振り向いて気がつけ、声を掛けろ、そんな意志が透ける跫が可笑しい。
―俺に敬礼させたいんだろ?でも無理だ、
無理だ、そんな回答を意識が告げて笑いたくなる。
こんなふう傲慢に眺めてしまう視線を彼は気付くだろうか?
その可能性と提げた鞄の重みを量りながら佇んだ背後、穏やかな声が止まった。
「宮田君、おつかれさまでした、」
あまり背中から声かけられたくないな?
そんな想い振向きながら冷徹は仮面の笑顔を繕いだす。
この感覚もしばらく忘れていた、その時間は幸せだった、だから再び仮面を遣う。
「お待たせしました、観碕さん、」
快活な笑顔で応えた向こう穏やかな瞳が自分を見る。
その眼差しに敵意はない、けれど真実を知れば崩れるのだろう。
その瞬間こそ自分は仮面を初めて外す、そんな未来予想のターゲットが微笑んだ。
「久しぶりに消防庁を見学できて楽しかったです、また七機に戻りたいのですが乗せて頂けますか?」
「はい、小隊長の許可を頂ければ、」
ほら、快活な笑顔で告げたなら抵抗すら従順に響く。
この相手にはヒエラルキーを盾に遣うほど亀裂は隠れたまま深度を増す。
―崇め奉られたいんだろ?昔も今も変わらずに、
国家の英雄、
そんな言葉が昔、この国には金字塔のよう存在していた。
それは現代に忘れられた貌しながらも息づいて今、リアルが横に居る。
そんな本人は自分こそ正義だと信じて揺るがない、だからこそ揺れたら亀裂が抉る。
その姿を自分は見たい、そう願うまま視線の向こうへ敬礼した。
「小隊長、おつかれさまでした、」
ほら、敬礼姿に老人の瞳が動く。
自身には向けられない敬礼、それを受けとめる若い笑顔に視線を奔らす。
こんな微かな動きにすら自分は相手を読んでしまう、そんな自分と正反対の上官は前に立ち笑った。
「はい、オツカレサン。でも帰るまでが遠足だよ?」
軽やかなテノール笑って返礼してくれる。
そのまま怜悧な瞳は四人くるり笑いかけ明快に告げた。
「では、行きと同じに分乗して帰りましょうかね。観碕さん、宮田の運転でよろしいですか?」
平等な呼称と敬語で笑いかけて指示してしまう。
こんなふう言われたら否定は難しい、そして観碕自身も望むところだろう。
この利害一致を貌ひとつ出さないままで白髪の男は穏やかな笑顔ほころばせた。
「はい、お願いします、」
「ではそれで。宮田、戻ったらランチインタビューだよ。川北さん、場所は会議室と食堂ドッチでも良いですけど?」
朗らかに予定を指示しながら端正な制服姿が歩きだす。
その貌は明るいまま指揮官らしくなった、このパートナーの変貌に眩しくなる。
眩しくて、だからこそ鼓動に軋ます罪悪感を噛みながらも仮面は爽やかに笑った。
「行きましょう、観碕さん?」
「はい、」
穏やかな笑顔が頷いてくれる、その瞳に期待が潜む。
これからパトカーに二人きり、この閉鎖空間に誘導尋問が始まるだろう。
―でも誘導されるのは俺じゃない、
相手の意図に微笑んで運転席の開錠をする。
その向こう側、助手席扉からグレー上品なスーツ姿は乗りこます。
ばたん、扉閉じられて空間が籠められるままエンジンかけてアクセル軽く踏み込んだ。
すぐ公道に出て景色が動き出す、その移ろいゆくフロントガラス越し穏やかな瞳が問いかけた。
「宮田君はなぜ、警視庁に入ったのですか?」
なぜ「警視庁」と訊いてくるのか?
この質問から意図と行動が確かめられるまま英二はからり笑った。
「親離れの為、っていうのが本音です、」
「親離れ?」
意外だ、そんなトーンが訊き返す。
なにか高尚な回答でも予想したのだろう?そんな相手へガラス映しに告げた。
「母親が過干渉なんです、警視庁なら原則寮生活なので親も手放さざるを得ません、」
この志望動機は真実、だから信頼を惹きだせる。
こんな動機を自分は恥じていた、けれど今に利用できる幸運を感謝したい。
そんなふう想うと母への否定も肯定になるようで、嬉しく笑った向こうも笑った。
「なるほど、それは納得の理由ですね?でも、」
でも、
そう短い言葉にフロントガラスの目が覗く。
この先に続くだろう予想の通り元官僚は問いかけた。
「山岳救助隊は警察で最もハイリスクが日常の現場です、そこを志願するだけの覚悟とモチベーションがあるでしょう?」
「そうなのですか?」
さらり疑問形で返しながらハンドル切り、帰路を辿ってゆく。
いま問いかけに思考と嗜好を誘うままターゲットは口開いた。
「SPやSATはハイリスクな部署ですが毎日が現場ではありません、けれど所轄の山岳救助隊は最前線が日常です、遭難事故も少なくない。
週休でも管内に居れば召集に応じて救助活動にあたるでしょう?危険が日常的すぎて家族も巻き込みます、よほど信念が無ければ出来ません、」
任務に理解がある、そして敬意すらある。
尊重と同調を口にする眼差しは偽りない、だから理由が解かる。
―こういうカリスマが罪悪から麻痺させるんだ、出世目的の犠牲すら美化して、
ハイリスク、信念、そんな言葉に奉職意識を愛撫する。
それが筋目正しいエリートキャリアから告げられたら、心酔する男もあるだろう。
そうして綯われたヒエラルキーに殺された俤たちが制服の胸元から鍵の輪郭あざやぐ。
―馨さんも同じ貌で言われたんだろな、晉さんのことも敦さんのことまで利用されて…意志も何もかも、
この男が馨を殺した、そのために晉も敦も殺した。
この過去への推量はフロントガラスの貌と言葉に確信へ変わりゆく。
この確信を馨も晉も見つめていた、けれど証拠も証人も掴めないまま二人は死んだ。
こんな現実を思案するほど「警察官」である今に感謝したい、そう想うまま英二は爽やかに笑った。
「そうですね、私に信念があるとすれば山への意志でしょうか、」
「山への意志、ですか?」
訊き返す、またその言法に理解と敬意が示される。
どうか訊かせてくれないか?そんな言外の誘導に笑いかけた。
「いちばん高い場所に立ってみたいんです、山岳救助隊なら遠征訓練がありますから、」
天穹に最も近い場所、その高みをただ見てみたい。
この願いこそ正直な本音で祈りでいる、そして願いには望みたい場所がある。
この世界で唯ひとつ望みたい「隣」を護りたい、その意志と見つめるガラス越しターゲットが微笑んだ。
「難しい山を幾つも制覇されたそうですね、たった一年で、」
「指導官が優秀ですから、」
さらり本音で応えて視線すこし向けてやる。
眼差しに上官への賞賛も敬意も覗かせて、そんな視界に穏やかな笑顔ほころんだ。
「宮田君は国村君をずいぶん尊敬していますね?彼は優秀な分だけプライドも高いと聴いていますが、君は彼以上にストイックだ。
だから山火事も腕一本で止めてしまえるし、未経験の山の世界をたった一年で高難度の成功を収めてしまえるのでしょうね、素晴らしいです、」
上官を尊敬する、ストイック、そして成功を収められる。
こんな属性がある若手を観碕は好む、その嗜好を掴んでやりたい。
そう廻らす計算から組み上がらす仮面を操って完璧な好青年に笑った。
「ストイックにしないと駄目男なんです、それでは自分が困りますから、」
「自律心に追い込むわけですか、なるほど、」
なるほど、またそう言って穏やか瞳が満足する。
この貌ならもうじき言い出すだろう、そんな予測に老人は尋ねた。
「宮田君の祖父上を私は存じ上げているでしょうね、宮田次長検事と似ておられる、」
警察官僚は検察庁を知っている、それが当然だろう。
こんな縁にも廻らされて自分たちは出遭った、この邂逅に爽やかな困り顔で応えた。
「失礼なご縁だったら申し訳ないですね?」
「いいえ、失礼など無いですよ、」
答えて笑いかける眼差しがすこし懐かしげに自分を見る。
この懐旧にある過去を知りたい、そう願うまま笑って言葉に変えた。
「観碕さんと祖父のご縁について、御迷惑でなければお聞かせ願えますか?」
旧知の仲、その思い出話から信頼を誘いこむ。
同じ時代と時間を知っている相手の孫、それは最良の話し相手で信頼もしたくなる。
こんな信用誘導は手法としてありふれるだろう、けれど有効な空気が鎖された車内を浸しだす。
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