萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第73話 暫像act.2―another,side story「陽はまた昇る」

2014-01-24 23:30:19 | 陽はまた昇るanother,side story
there is a dark 存在の陰翳



第73話 暫像act.2―another,side story「陽はまた昇る」

砂埃、それから窓の反射と人体たちの動き。

それらが遮らす向うに標的はあるとスコープは映しだす。
銃身の重みは冬の記憶に構えのコツが解かる、その感覚に集中が細まらす。
ただ尖鋭になってゆく意識と視界にイヤホンの指示かかる、そして周太はトリガーを弾いた。

「的中、」

低い声が隣から告げた同時、標的は倒れて発射衝撃が肩を貫く。
この感覚すら慣れのままスコープから離した目に双眼鏡つけた。

―標的は、

視線すばやく索敵する、その一点に意識が止まらす。
塵埃くゆらす空間の先で反射光が蠢く、それが何か視認する。

―違う、携帯電話、

あれは武器じゃない、その確認に視点すぐ他へ移らせ判断した。

「行きます、」

告げて、自分の声がマスクに低い。
いまヘルメットとマスクに覆われて声すら変わる、そんな自分に途惑う。
けれど躊躇の一瞬も無いまま駆け出してゆく、その隣から低い声が言った。

「遅い、」

短い低い声、けれど端的に鋭い。
この指摘に自分の現実を見つめて周太は駈けながら頷いた。

「はい、」
「1秒だ、」

低く短く指導が告げて防弾バイザーの視線が射す。
シャープな瞳は厳しいけれど深い、そして頼もしいと思えてしまう。
だから何も考えず頷ける、ただ信頼と緻密な集中のまま周太は駈けた。

―昏い、でも見える、

意識から集中させる現在位置は薄暗い、乏しい照明に蒼い硝煙ゆらいで視界を遮らす。
遠い銃声は実弾の共鳴、その音を聴きながら視界めぐらせイヤホンの指示を聴く。
今は何を考えることも出来ない、そんな時間を訓練場に駈けてゆく。




ネクタイ締めて、ゆっくり呼吸しながら胸もとへ掌ふれさす。
シャツ越しの心音も肺の動きも異常ない、ほっと息吐いて周太は微笑んだ。

―よかった、発作とか大丈夫みたいだね…よかった、

喘息兆候は感じられない、この安堵ごとタオルで髪を拭う。
いま訓練にかいた汗はヘルメット内にも溜った、けれど今は解放された感覚にほっとする。
ロッカールームは隊員たちであふれて、けれど口数少ない整然が今までの空気と違い過ぎて戸惑う。

―七機だと皆もっと雑談とかしていて、リラックスした感じで…ここの人は本当に寡黙なんだね、適性どおりに、

警視庁特殊急襲部隊 Special Assault Team 通称SAT
この警視庁警備部第1課に所属する特殊部隊は適性診断され選抜される。
身長170cm前後といった体格規定から分析力や記憶力、そして性格から配置が決定づく。

寡黙、冷静沈着、高度な集中力、孤独志向

これらがSAT狙撃チームの性格適性と言われている。
けれど自分は入隊テストで指示に背き被弾した受験者の応急処置をした。
もし本当に冷静沈着なら別の対応もあったろう、けれど目前の事態に必死で自分も被弾しかけた。
それでも箭野に助けられたから無事に済んでいる、そんな自分を「冷静沈着・孤独志向」と判断する筈がない。

―口数が少ないのは解かるけど、冷静沈着とか集中力は…あまり僕は該当しないのに、

自分はそぐわない、そう解かっているだけに違和感がある。
それを知っているだけに自分がこの場所にいることは不思議で、周囲との微妙な隔てを感じてしまう。
それでも今こんなふうに毎日は続いてゆく、その涯を自分は約束してしまった記憶が今朝の夢を呼んだ。

『俺はSATからでも周太を攫うよ、今から一年以内に周太を辞職させて療養させる。もう始まったんだ』

英二、なにが始まったの?

「なにかきのう…ぁ」

唇から思案こぼれかけてタオルを口許あてる。
独り言も危ないかもしれない、そんな場所に自分は居る。

―お父さんがここに居たのは強制的だったかもしれないんだ、だから、

父は警察官になりたかった、とは今は想えない。

この一年前は父の意志から職を選んだと思って、だからこそ追いかけて警察官になった。
けれど今、あれから一年間に辿った父の現実たちは全く違う真相を自分に告げてくれる。

―オックスフォードに留学するべき人が警察官になるなんて、変だ…東大でも進学出来たのにどうして、

父は東京大学文学部で英文学を専攻して卒業後、オックスフォード大学へ進学が決まっていた。
その留学を祖父の死で辞退したことは納得も出来る、けれど母校での進学すら選ばなかった理由が解らない。

―田嶋先生も解らないって言ってたもの、お金の理由とかだけじゃない…たぶん小説の通りに、

髪拭いながら廻らす思案に、ふっと鏡が視界に入る。
そこに映された額の生え際、ごく小さな傷痕が鼓動をうった。

「…あ、」

もう薄れている小さな傷痕、けれど記憶は去年の夏あざやかに映しだす。
この傷は警察学校寮で作ってしまった、そのとき見あげた貌が懐かしい。

『ごめん、大丈夫か、』

外泊日、寮室へ迎えに来てくれた鉢合わせに扉ぶつけた。
角で切った額から血は流れて、それをハンカチで抑えてくれた長い指の手が懐かしい。

『見せて、…医務室行こう』

あのときが英二の初めての応急処置だった?

そう気がついて想い温められてしまう、だって初めては何だか嬉しい。
嬉しい、そんなふう今でも想うほど鮮やかな感情は枯れない花でいる。

―あの日だって話してくれた、英二が僕を好きだって自覚したのは…あの公園のベンチで、

あの公園のベンチ、

あの場所で幾度、自分は唯ひとり想ったのだろう?
いま見つめる額の傷が生まれた日、あの日あのベンチに初めて二人座った。
それから幾度も自分ひとりでベンチに座って本を読んだ、そのたび唯ひとり想っていた。

あのベンチには自分が再び座れる日は、ある?

―もう一度でいいから座りたい、ううん、あと何度も座るんだ、

あのベンチに再び自分は座れる、そう信じていたい。
あの場所から今が始まったのなら必ず還る日も廻ってくる、そう想いたい。
こんなふう想う本音に一年間ふり積もった記憶と感情は篤くて、哀しみも喜びも色褪せてくれない。

あのひとが好き、唯ひとり。

―逢いたい英二、もう一度だけでも…ううん、約束通りに一年で帰るんだ、

ほら、また心が独り言つぶやいて勇気ひとつ抱きしめる。
まだ入隊3日目、それなのに幾度も懐かしさごと想いこみあげて帰りたい。
還りたい、そんな願いひとつ確かめながら鏡に微笑んで、そっと逸らした視線に真直ぐな瞳ぶつかった。

「湯原、行くぞ、」

低く透る声が告げて精悍な貌が背中を向ける。
身長は高くない、けれど広やかな背中がどこか似て心詰らせる。

―どうして似てるって想うんだろう…伊達さんと英二と、なぜ?

なぜか途惑う、その理由が今はまだ見えない。
それでも後姿へ追いついた隣、凛とした瞳が周太を見た。

「返事は?」

湯原、行くぞ。そう呼びかけられて、けれど返事しそびれていた。
その迂闊に首すじから熱昇りだす、こんな幼稚なミスに周太は頭下げた。

「はい、失礼しました、」
「ん」

短く低い返答が周太を見、端整に制服姿は歩いてゆく。
どこまでも凛然とした男、そんな容子はSAT狙撃手に相応しい。

―完璧主義なんだろうな、真面目で堅い感じ…あ、

思案に想い行き当たって、ため息吐きかけて呑みこます。
完璧主義の堅物、そんな性向は英二も同じで本質ともいえるだろう。
伊達と英二の共通点はそうかもしれない、そう納得した隣から落着いたトーンが言った。

「上の空が多すぎる、今も、」
「…ぁ、すみません、」

指摘に謝って驚かされてしまう。
こんなふう伊達は察しが良い、それだけ完璧な相手は少し息詰まらされる。
だから尚更に不思議で仕方ない、どうして伊達のようなトップと自分がパートナーを組む?








(to be continued)

【引用詩文:William Wordsworth「The Prelude Book I[Patterdale] 」】

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Short Scene Talk ふたり暮らしact.17 ―Aesculapius act.27

2014-01-24 09:38:10 | short scene talk
二人生活@birthplace
Aesculapius第2章act.17と18の幕間




Short Scene Talk ふたり暮らしact.17 ―Aesculapius act.27

「雅樹さん、茶道具はどこにあるね?(旨い茶を点てたいね雅樹さん喜んでくれるかな)」
「水屋にあるはずだよ、こっちなんだ(こんなふうに案内するのなんか幸せだな嬉)」
「ほんとデカい屋敷だね、吉村のバアサン独りで手入れしてんの?(コンダケ広いと掃除も大変だろね)」
「うん、場所を決めて少しずつ毎日掃除してるんだ(そうだ光一きっと自分だけで頑張るとか言いだすだろなでも光一ひとりで掃除させるの大変すぎる引越して来たら考えないと僕も協力して)」
「じゃあ俺もそうしたらイイかね?(ばあさんの真似っ子だね笑)」
「そうしてほしいな?学校の勉強や部活もあるから無理しないでね、僕も家事するから(ああやっぱり言ってくれるんだね萌ほんと僕もがんばらないと開業なら時間の自由も今より作れるし)」
「ん、ありがとう雅樹さん(極上笑顔)(雅樹さん優しいね嬉でも俺きっちり自分でがんばろっと主夫だもんねっ)」
「うん、ちゃんと僕を頼ってね(笑顔)(ああ光一その笑顔ほんと可愛い綺麗どうしよう僕いま幸せ照萌)」
「ね、雅樹さん?こんな広い家にふたりきりって自由だね、庭の森で外から見えないしさ(御機嫌笑顔)(ここに住むのも楽しみだね)」
「じ…照(自由だホントにこの家で何しても外に聴こえないし見えないよね僕いろいろ照萌あっだめだ妄想しそう困るでも嬉悶々)」




Aesculapius第2章act.17と18の幕間、
雅樹と光一の会話@吉村本家、雅樹の照れ喜び×悶々4です、笑

昨夜UPした第73話「暫像2」倍くらい加筆校正の予定です。
Savant「Vol.4 Icebound 言の氷塞 act.2」加筆校正Ver貼りました、また読み直し校正しますが。

Eventually Comes True「May.2012 act.3 ―清香、親愛なる君へ」校了しています。
Aesculapius「不尽の燈18」も校了、養父を想う@雅樹の本宅でのワンシーンです。
校正ほか終わったらAesculapiusを掲載予定です、そのまえに短編他UPかもしれませんが。

朝に取り急ぎ、




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