Thy Grace may wing me to prevent his art 片翼の峻
英二24歳3月下旬
第85話 暮春 act.8-side story「陽はまた昇る」
春暮れる雪嶺、その男は大きく見えた。
「五日市署の佐伯です、先ほど宮田さんとは無線で、」
名乗り呼びかける声は落ちついて凪ぐ。
青いヘルメットの影から視線が来る、張りのある瞳が凛と鋭い。
その声その眼ざし穏やかなくせ強くて、惹きこまれる雪焼けの顔に英二は微笑んだ。
「七機第2小隊の宮田です、先ほどはありがとうございました、」
笑いかけ会釈した先、雪焼けの顔も頭かたむける。
青いヘルメット木洩陽ゆれて、その眼ざしが少し笑った。
「ポスターと同じ笑い方だな?」
そんなこと言うんだ、初対面いきなり。
―なんか刺さる指摘だな、
静かな瞳、低く穏やかな声、けれど言葉は鋭い。
こんな発言する男だと思わなかった、だって評判と違う。
『どこでも評判上々な男だ、マジメだけどコミュ力も悪くないし体力も技術も文句ナシってさ?』
あんなふう言われる男は品行方正、そう想っていた。
それなのに発言こんな初対面は意外で、つい可笑しくて笑ってしまった。
「たしかに営業用スマイルです、初対面じゃ勘弁してください、」
まず本音さらしてみよう?
笑った白銀の尾根、静かな眼は言った。
「僕に営業しても無意味だ、そんなやつザイルの信頼できないだろ?」
低い声、穏やかなトーン、でも鋭い。
この雰囲気は知っている、まるでそうだ?
―最初のころの周太と似てる、
静かな穏やかな空気、まっすぐな瞳、逸らさない誤魔化させない眼。
生真面目な言い返しも似ている、けれどまったく違う体格が踵返した。
「始めよう、遭難者が斃れていた場所を教えてくれ、」
ざくり、
アイゼン踏みしめる音が違う、重いくせに軽い。
慣れた足どり澱まずラッセル進む、その背中ひろやかに大きい。
「14時方向にツェルトがあります、そこから尾根に登り返した地点です、」
答えながら歩きだす、その前ゆく肩は逞しい。
青い冬隊服ひきしまった長身、迷わない強靭まっすぐな空気は篤い。
「北斜面にツェルトでビバークか、靴は履いていたか?」
「両足とも脱いでいました、ザックもなく空身で、」
「自業自得の遭難か、奥多摩は多いな、」
ラッセルと会話する声も乱れない。
眦きれる瞳は視界たしかめる、呼吸も視線も揺るがない。
―似てるけど違うな、佐伯はこれが素だ?
生真面目で毒舌、けれど余裕がある。
この余裕が記憶の貌と違う、だからこそ懐かしくて安堵する。
―そこまで気が多くはなさそうだな、俺も?
唯ひとり、そう決めていたクセに余所見した。
そんな自分の隙はたぶん「似ている」で、ちいさな共通点に大切なパートナーを傷つけた。
だから本当はすこし不安だった、けれど今度のザイルパートナーはたぶん隙などない男だ。
―光一と周太は本質的なところで似ているんだ、でも佐伯は違う、
ふたりにある共通点がこの男は無い。
そして二人に無い空気がある、初めて見る貌に公務を告げた。
「ツェルトは後藤さんと国村さんが視ます、佐伯さんは俺と踏み跡を辿ってください、」
「どこまで残っているか、昨夜の雪が深い、」
歩きながら視線めぐらす、瞳すっと細めて深い。
シャープなくせ穏やかな眼は静かで、重厚な声ふかく透る。
「また雪が降るな、」
(to be continued)
【引用詩文:John Donne「HOLY SONNETS:DIVINE MEDITATIONS」】
英二を押せます↓
にほんブログ村
blogramランキング参加中!

著作権法より無断利用転載ほか禁じます