萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第69話 山塊act.2-side story「陽はまた昇る」

2013-09-20 22:01:39 | 陽はまた昇るside story
And let the misty mountain-winds be free



第69話 山塊act.2-side story「陽はまた昇る」

空ふる雫が制帽の鍔を滴って、視界を時折きらめかす。

登山道の入口、森は雨に呼吸して深く息吹を醸し出す。
梢に濃やかな緑、幹くゆらす芳香、それから草と土のほろ苦い香。
レインウェアの肩を敲く雨は佇んだ登山靴を浸して波紋ゆるく描き出す。
雨ふる山の音と香、そして籠めだす霧の白く染めてゆく山嶺は薄蒼い闇に鎖される。

「定時には無線連絡すること、コノ雨ですから無理は絶対にしないで下さいね、ビバークのポイントが決ったら連絡をお願いします、」

指示を告げるテノールの声は朗々と雨と霧を透す。
前に並んだ第2小隊員たちの視線は真直ぐ向く、その中心で底抜けに明るい目が笑った。

「明日の午前9時、ココに全員きっちり無事に集合すること。予定変更は連絡お願いします、では各パートナーごと入山して下さい、」

全員、無事に帰還。
そう告げる笑顔は大らかなまま温かい。
この温もりに敬愛する山ヤを想い、そっと英二はため息吐いた。

―この雨に後藤さん巡回なんか出ないでほしいな、遭難救助も、

青梅署山岳救助隊副隊長、後藤は肺気腫を罹患した。
それを確定させる検査結果は出ている、あとは後藤の軽い風邪が治れば手術と決った。
その事実を知るのは警察内部でも極近い関係者だけ、それくらい山ヤの警察官にとって肺気腫はリスクが高い。
だからこそ今日の荒天に自分と光一が奥多摩に来れたことは幸運かもしれない、そんな思案の頬を小突かれた。

「ほら、み・や・た、ボケッとしてないで俺たちも行くよ?」
「…あ、はい、」

戻した意識に返事した視界、もう自分たち以外はルートに向かってゆく。
その一組ずつを見送る雨ふる視界、擦違いざま鋭利な瞳が振向いた。

「集中を欠くな、状況を考えろ、」

低い声、視線、ふたつ真直ぐ刺して歩き去る。
その言葉にプライドが引っ叩かれて平手一発、自分の頬を打った。

ばんっ、

頬鳴る音は雨のなか消されて自分しか聞こえない。
けれど隣の上官は大らかに笑って霧の山頂を指さした。

「一発キメたトコで行くよ?反論は口より脚でしちゃってね、」

口よりも脚、そんな言い回しが山の男っぽくて嬉しくなる。
それは今の指摘された事も同じで、そう気が付いた心解けて英二は笑った。

「国村さんも黒木さんも山の男ですね、」
「オマエもだろ?」

さらり笑って答えてくれる笑顔は雨にも明るい。
いつもの大らかな怜悧は落着いている、そんな上官に正直なまま笑いかけた。

「俺はこの1年で山の経験を積ませてもらって少し自信もついていました、でも今、黒木さんに言われた通り集中を欠いてたんです。
本当の山岳レスキューなら今みたいな状況でボケッとしてたら駄目です、どんな事情があってもプロとして冷静に集中して当り前です。
それが出来なかったら補佐官っていう立場も、国村さんの名前まで貶めることに今更だけど肚で気づけました、黒木さんの一言が効いてくれて、」

集中を欠くな、状況を考えろ。

それだけを言ってくれた黒木の声は鋭く厳しかった。
けれど厳しさの奥には経験と公平な優しい配慮がある、そんな男の言葉に英二は微笑んだ。

「黒木さんは言葉数が少ない分、一言が効きます。そういうの俺には未だ無いなって悔しいけど、正直ちょっと尊敬しそうです、」

これは今の自分の本音、認める事は悔しいけれど本心だから仕方ない。
そんな仕方ないは何か潔いまま愉しくて笑った前、底抜けに明るい瞳も笑ってくれた。

「黒木はそういうのがイイとこだよ、俺とはナカナカ馴染んでくれないけどね、アア言ってくれるなんて宮田はちょっと好かれてるね、」
「それなら嬉しいです、」

素直に笑って雨ふる梢を見上げた彼方、薄墨の雲は厚いまま流れゆく。
まだ雨は止まない、そんな観天望気に今日の登山計画ともう一つが気になって英二は提案した。

「国村さん、現時点の登山計画書提出についてもう一度、奥多摩交番に問い合わせても良いですか?」
「うん?ああ、よろしく頼むよ、」

すこし考え、すぐ即答して笑ってくれる隣で英二は無線機を取出した。
慣れた相手へと発信してすぐ受信に切り替わる、その向こうから懐かしい声が笑った。

「はい、青梅警察署奥多摩交番です、」

いつも通り明るく深い声は曇りが無い。
きっと今日は調子が良い、そんなトーンに安堵と笑いかけた。

「こちら第七機動隊山岳救助レンジャー、第二小隊所属の宮田です。後藤副隊長ですか?」
「おう、俺だよ、雨の中ご苦労さんだなあ、」

伸びやかな声が電話の向こう笑ってくれる、その元気そうな雰囲気に微笑んでしまう。
それでも聴きたいこと伝えたいことに英二は断固として笑いかけた。

「ありがとうございます。後藤さん、今日の登山計画書は現時点で変更があれば教えてください、遭難の可能性に警戒の対応をします。
あと、今日は後藤さんは極力外を歩き回らないで下さいね?この天候だと気温が下がりそうです、冷たい雨に打たれたりしないで下さい、」

きっと1つ目の回答はすぐにくれるだろう、けれど2つ目は「No」を返すかもしれない?
そんな予想の向こう紙の音が立って大らかに深い声が笑ってくれた。

「計画書は今朝の連絡と変らんよ、あれからは今日分の提出はゼロ件で取下げも無い。俺については朝一で吉村からもストップ掛けられたぞ?」

やっぱり吉村医師からもドクターストップが掛かっている。
その判断に信頼から微笑んで英二は問いかけた。

「了解です、どうか吉村先生のご意見は取り入れて下さいね?」
「ああ、極力言いつけに従うよ?俺も未だやりたいことがあるからなあ、」

可笑しそうに笑ってくれる言葉に少しだけ安堵が出来る。
それでも安心しきれないのだと理解に笑って歩きながら無線を切った。
ぬかるみ深くなる道を踏んでゆく隣、テノールの声は楽しげに笑ってくれた。

「さて、皆もう行っちゃって俺たち二人きりだね、だからプライベートモードに戻って密談しよ、え・い・じ?」

密談、

そんな言葉に今日の目的一つと透明な眼差しが笑いかける。
その目的と願いと想いごと見返して英二は微笑んだ。

「ああ、良いプランを考えてくれな、光一、」









(to be continued)

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