萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

黎風act1.支柱―side story「陽はまた昇る」

2011-10-27 21:48:46 | 陽はまた昇るside story

いちばん昏くても、




黎風act1.支柱―side story「陽はまた昇る」

飲み会の翌日、英二は非番だった。
すこしだけ遅く起きて、寝起きのシャツ姿のままで食堂へ向かう。
入れ違いで、藤岡と国村に入口で会った。
ちょっとごめんと藤岡に声をかけ、国村は英二の顔を覗きこんだ。

「あのさ、なんで昨夜は電話しろなんてメールくれた?」

ああ、と英二は笑って答えた。

「ごめん、中座の口実が欲しかったんだ。俺、嘘は苦手だからさ」

昨夜の飲み会で、中座する口実が欲しかった。
あの店のことを確認したくて、姉に電話するためだった。
けれど上手い嘘なんて、英二には吐けない。
それで本当に、先輩の国村に電話をかけさせて、英二は中座した。

高卒の国村は年次は先輩だけれど、同じ年の気安さもあって仲が良い。
国村が、少し呆れたように言った。

「用件がさ、もいだ柿どうするの。ってさ、笑ったよ俺」
「うん。それも、本当に聴きたかったし」

国村は昨日は非番で、青年団での柿もぎだった。
庭や畑の柿を目当てに、ツキノワグマが里に降りると人身事故が怖い。
その予防のために柿を採ると聞いた。
そして後になって、その柿の行末がふと気になった。

答えは「干し柿にする」だった。

出来上がったら町の人へ配る、季節の風物なのだとか。
青梅署でも配られるらしい。

けれど国村の細い目は、納得していない。
国村は賢い上に勘が良いところがある。そして、ふっと言った。

「雲取山の電話に、大事なことだね?」

雲取山訓練で電話の繋がる場所を、国村は英二に教えてくれた。
理由は「電話かけたい人いるんでしょ」だった。
それ以来こんな言い回しで、国村は訊いてくれる。
英二は微笑んで答えた。

「まあね、」

ふうんと言って、国村は英二の目を見た。
国村の細い目が、少しだけ顰められて、それから少し笑った、

「今晩のおかず、鶏の味噌漬けだってさ」
「まじ?あれ旨いよな、」

嬉しそうに英二が笑うと、国村は細い目を微笑ませた。

「明日の訓練は5時集合だしね、今日は早く帰ってこいよ」

何か気づいているのだなと英二は思った。
自分と同じ年だけれど、国村は一流クライマーの素質を嘱望されている。
山に生きる人間は純粋で、どこか鋭い。
御岳駐在所の同僚でもある国村には、今日の外出も告げてある。

「おう、ちゃんと早く帰って飯食うよ」
「じゃ、また夕飯にね」

さらっと笑って国村は言ってくれた。
こういう距離感が絶妙で、国村はいい奴だなと思える。
またなと笑ってから入った食堂は、明るい光が眩しかった。

昨日は帰ってから風呂を済ませて、周太に電話した。
コール1つですぐ繋がって、待っていた気配が嬉しかった。
そして、いつもより困ったような気配が、かわいかった。

「…あんまり皆の前で、…いじめないでくれ」

恥ずかしそうな声で言われて、逆にテンションが上がってしまった。
なんだっていつもこんなに、初々しいのだろう。
嬉しくなって、つい、また言ってしまった。

「いじめない。可愛がるのは止められないけど」

本音をまたつい言ってしまった。
そうしたらまた、なんだか可愛い口調で、一息に罵られた。

「もうばかみやたほんとうにおれこまったんだから」

罵られたけど、かわいいから嫌じゃない。
あの隣が何してくれたってもう、全て喜びだから仕方ない。
こういう自分は馬鹿だなあと、自分でも思う。

昨日は姉と周太は話していたようだった。
ふたりとも良い笑顔だったから、楽しい話だったのだろう。
あの姉はきっと、周太を受けとめて微笑んでくれた。

たぶん姉はすこし、何か気付いているだろう。
それでも姉ならば、判断を間違わないから安心できる。

けれどあの姉、関根と親しくなっているとはね。
姉と関根の顔を思い出しながら、英二はちょっと微笑んだ。
けっこうお似合いだなと思う。
いつか、姉の相手になる人には、自分達の関係を告げざるを得ない。
けれどもし関根だったなら、あいつなら大丈夫かなと思える。

昨夜は3時間ほど、あの隣の顔を見られた。
それでも、いつもより少し長く話してから、電話をきった。
それから、買ってきた本全冊の目次チェックと、ポイントの斜め読みをした。
その後は明け方まで、ファイルを眺めた。

澤野の協力で作ることが出来た、13年前の事件のファイル。
周太には、ここまでの情報はまだ無い。

周太は優しすぎて、すぐに遠慮する癖がある。
甘えること、頼ることは、相手の迷惑だろうと気遣ってしまう。
だから13年前の事件についても、自力でしか調べられない。

けれど英二は、目的の為なら何でも利用する。
直情的で、思ったことしか言えないし、行動できない。遠慮もしない。
だからいつも、率直に人と接している。
そうしていつも、誰かに協力を願っては、目的を果たすことが出来る。

周太の方が自分より、ずっと聡明で怜悧だ。
けれど周太は、純粋で繊細すぎて、不器用過ぎる。
けれど自分は、正直すぎる分だけ図太くて、狡い。そして能力は要領が良い。

だからきっと自分は、周太より先手を打つことが出来る。この先もずっと、必ず。
そうしてきっとずっと、周太を手放す事なく隣にいられるだろう。
そんなふうに英二は、自分を信じている。

昨夜ずっと眺めていた、13年前の事件のファイル。
英二が自分で調べた情報と、澤野のPCから閲覧した情報。
当時の経過から現況の事実、そのほとんどを網羅出来ている。
こういう作業は、法学部在学時代に慣れていた。
この程度の情報収集と分析が出来なければ、例えば弁護士なら裁判も出来ない。

安本正明。
周太の父の同期で、13年前の事件の担当刑事。
彼の履歴と経歴、それから犯人の履歴と現況。
13年前の事件の裁判記録、懲役中の犯人の素行と、安本の行動。
今は、全てが頭に入っている。

そうした事実の羅列の底に、どんな真実があるのか。
そしてその真実の向こうには、どんな想いが隠れているのだろう。
それを英二は知りたい。

いつものように、大盛の丼飯を3杯食べると、英二は自室へ戻った。
いつものように着替える。
シャツを脱ぐときに、長めの革チョーカに結んだ鍵に触れた。
周太の実家の合鍵を、こうして肌身離さず持っている。

この鍵の元の持ち主は、周太の父だった。
ひとりの警察官として男として、尊敬する人の鍵。
他人から見たらありふれた鍵でも、英二には宝物だった。

英二は、制服に着替えた。
昨日のうちに、澤野に約束を取りつけてある。
これから武蔵野警察署の射撃訓練に、連れて行ってもらう。

武蔵野警察署射撃場は、多摩地域では調布署に次ぐ二番目の射撃場になる。
2004年に新造された庁舎は設備も新しい。
そのため、近隣警察署からも射撃訓練に利用している。

卒業配置以来、英二はまともに射撃訓練をしていない。
それを告げると、澤野が声を掛けてくれた。

そして、武蔵野警察署には安本正明がいる。

安本は現在、武蔵野警察署で指導員として勤務している。
指導担当は事情聴取と、射撃だった。

安本が以前の所属した部署の一つは、第七機動隊の第1中隊レンジャー小隊。
現在の銃器対策レンジャーだった。
その同時期に重複して、周太の父も所属している。
そして当時の二人は、射撃の特別訓練員だった。
そんな経歴から、安本は射撃指導員になっている。

自分は幸運だと、英二は思う。
奥多摩地域に配属になり、その射撃訓練場に安本がいる。
そしてこんなふうに、表向きの理由も整えて、彼に会いにいく事が出来る。
こんなふうに、運命が味方をしてくれるなら、きっと自分の願いはかなうだろう。
そしてきっと周太の父、彼の意思も守ってくれている。

デスクから1冊のファイルを英二は手に取った。
救急法など医療系ファイルになる。
携行品引きとりへ行く前に、吉村医師の診察室へ寄るつもりだった。
昨日の遭難救助の処置についてと、買った本について訊きたい。

ノックして扉を開けると、朝陽がさした白い診察室は明るんで温かい。
けれどこの温かさは、吉村の人柄もあるなと英二は思う。

「おはようございます、」
「お、宮田くん。おはよう」

吉村医師は今日も元気そうに、診察道具の消毒をしていた。
今朝はまだ、吉村はネクタイをしていない。
神経科の医師は首を絞められるのを警戒し、ネクタイはしない。
それと同じ理由で、警察医も留置人の診察ではネクタイを外す。

きっと留置人の診察を、終えたばかりなのだろう。
英二はファイルをデスクへ置くと、洗面台で手の消毒を始めた。

「手伝わせて頂いて、よろしいですか」
「ああ、助かるよ」

吉村を手伝って、一緒に器具の消毒を始めた。
手を動かしながら、昨日買ってきた本について質問を始める。
腕まわりの動き方を訊いてみたかった。

「腕橈骨筋、長橈側手根伸筋、上腕二頭筋、上腕三頭筋、
 指伸筋、尺側手根伸筋、短橈側手根伸筋、橈側手根屈筋、円回内筋。この9つであっていますか?」

「そうそう、よく覚えましたね」
「9つが連動するって、すごい仕組みですよね」

笑いながら吉村が答えてくれる。

「その連動には、尺骨は非常に重要です。それから橈骨」
「尺骨と橈骨、前腕の骨ですよね、」
「そう。ヒジから小指側の手首まで、腕を触ってごらん。骨が繋がっているのが解るだろう?」
「ここの固いのですか?」
「そうだ、それが尺骨です。橈骨は腕橈骨筋の真裏にあります。この2本の骨がX状に、交差するように動く」

消毒した器具をしまいながら、吉村が人体図を指さしてくれる。
片付けながら英二も、吉村の指先を目で追った。

「この二本の骨です。これを、腕橈骨筋やその他の筋肉で動かすことで、手首を回転させている」
「はい、」

こんなふうによく、英二は吉村の手伝いをさせてもらう。
青梅警察署診療室では、全てを吉村がひとりで対応する。
英二にはまだ、救急法初級免許と機動救助技能検定初級しかない。
けれど人手が足りないから、堂々と手伝わせてもらっている。

「今のところを確認させて下さい」
「はい、どうぞ」

持ってきたファイルで確認しながら、訊いた事をメモする。
それから昨日の救急処置を確認して、吉村にアドバイスをもらった。
それもまたメモをとっておく。
こうして教えてもらえる事は、英二にとって大切だった。

「良く解りました、ありがとうございました」

微笑んでペンを置いた英二を、吉村が眺めた。
今は9時、出勤時間は過ぎている。
休日で無ければ英二は、この時間ここにいない。
たぶん制服姿を訊かれるかな。そう思いながら英二は吉村を見た。

「今日は非番でしたよね、なぜ制服姿なのですか?」
「武蔵野警察署に、これから行きます」

やっぱり訊かれたな。英二は答えながら微笑んだ。
英二の目を見て、吉村は訊いてくれる。

「用事は、なんですか?」

いつものように温かい穏やかな眼差し。
けれど、すこし心配そうだった。たぶん、何か気づいてくれている。

吉村は、次男を遭難事故で亡くしている。
山好きの吉村に似て、幼い頃からの山ヤだった。
国立医大に入学した彼は、休日には単独でも登山を楽しんだ。
そして秋でも厳寒の高山で、不運な滑落事故に遭い、足の骨折で動けないまま凍死した。

―救急セットを持たせていたら。応急処置で息子はなんとか、下山出来たのじゃないか

その痛切な後悔の底から、吉村は警察医の道に立った。
この診察室のデスクには、写真の彼が山を背景に微笑んでいる。
亡くなった時は医学部5回生、今の英二と同じ年だった。

吉村と初めて話したのは、縊死自殺者の死体見分の時だった。
吉村の言葉のお蔭で、英二は遺体への敬意を学んだ。
「死体見分の君の姿勢が私は嬉しかった。今時の若者にも、こういう真摯な男がいるのだと」
吉村はそう言って、以来、英二と親しくしてくれる。

そして初めての雲取山訓練の朝、専用の救急用具を英二に譲った。
「君に無事戻って欲しい私の、お節介な我儘だよ」
亡くなった息子へ向けたかった気遣いを、そう言って英二に与えてくれた。

英二は、周太の隣を選んだ事で、実の母親を捨てた。
だからこそ、吉村医師の想いは心から嬉しくて、あたたかい。
この医師を英二は好きだった、本当の事を全て告げたいと思う。

「射撃訓練と、人に会いに行きます」
「そう、人に。なんのために?」

微笑んで吉村が訊いてくれる。
吉村は青梅署警察医だ、警察官のカウンセラーも行う。
何か澤野から聞いたのかもしれない。それで良かったと思う。
英二は率直に答えた。

「13年前の事件の為に、悲しい人生を作りたくない。そのために会いに行きます」

そうかと頷いて吉村は、ゆっくりと英二の目を覗きこんだ。
真直ぐ英二を見つめながら、吉村は口を開いた。

「澤野くんから、すこしだけ聴いています」

私は君たち警察官のカウンセラーでもあるからね。
そう言いながら、書類ケースに手を伸ばして微笑んだ。

「私も一緒に行くよ、」

意外な申し出だった。
驚いて吉村を見つめると、実はねと教えてくれた。

「以前、医科大の付属病院に勤務していた事は話しましたよね。その時に、彼と知り合っています」
「誰に会うのか、お解りなんですね」

微笑んで吉村は答えた。

「宮田くんが『13年前の事件』と教えてくれました。それから澤野くんの話と、武蔵野署。これで推測が出来ます」

医科大付属病院は新宿にある。
故郷の奥多摩で開業し警察医になる前、吉村は10年前までそこにいた。
そして安本は武蔵野警察署へ3年前に着任するまで、新宿にいた。
新宿署所属刑事だった時期と機動隊派遣で新宿にいた時期がある。
どちらにしても、勤務地が新宿なことは変わらない。

言われてみれば、可能性に気づける事だった。
けれど英二にとって盲点だった。
自分はまだまだ甘い、そっと英二は微笑んだ。

「武蔵野警察署の医師から、頼まれている資料もある。届けがてら、彼に面会を申し出ましょう」

言いながら、吉村は書類をケースへとしまっていく。
吉村の申し出はありがたい。
吉村の為なら安本は、自然に面会を受けるだろう。

けれど、吉村の事は巻き込みたくない。
吉村が自分によせてくれる好意。
それは、亡くした息子への気遣いを、代りに向けてくれる真心だと知っている。
その底にある痛切な悲しみと、あたたかな温もり。それを全て英二は解っている。
そういう真心は、利用したくない。英二は口を開いた。

「いいえ、ご遠慮させて下さい。先生には、ご迷惑かけたくありません」
「いいんだ、甘えてほしい」

でもと言いかけた英二に、静かに吉村は笑いかけてくれる。
これは勝手な気持ちだけれど、そう言って吉村が訊いた。

「よく私と、ロビーで会うでしょう?」
「はい、」

訓練や練習の日も、御岳山巡回に行く通常勤務でも。
吉村とロビーで会う事が、確かに多い。
そんな時はいつも、自販機のコーヒーを二人で飲んで、それから吉村は帰宅する。

「あれはね、君を迎えに行っているんだ」

迷惑だったら悪いねと微笑んで、吉村が話し始めた。

「山から帰ってくる君を見るたびにね、息子が帰って来てくれたように、想ってしまうんです。
 妻に似て、我が息子ながらハンサムでね。同じ山ヤだからかな、君と、どこか雰囲気が似ている」

英二はデスクの写真を見た。
明るい朝の光の中で、写真の彼が山を背景に微笑んでいる。
医学部5回生。今の英二と同じ年の、彼の笑顔。
快活で穏やかで、健やかな笑顔が、きれいだった。

「君は今朝、鏡を見たかい?」

そういえばあまり見ていない。
いいえと答えると、そうだろうねと吉村が頷いた。

「今朝の君の目は、覚悟をしている。だから私は放っておけない」

他人が見ても気づかないかもしれないが。
そう言って吉村は、英二の目を真直ぐに見つめて、微笑んでくれた。

「君の事は信用しています。
 けれど、そんな目をしている君を、近くで見守っていたい。
 だからどうか、一緒に行かせて欲しい。ただ見送って後悔するのは、あの一度だけでいい」

どうしてこんなに、想ってもらえるのだろう。
自分は身勝手で、思ったことしか言えなくて出来ない。
そうして母親まで傷つけて、それでも後悔が出来ない程に我儘で。
唯ひとりの事だけしか考えられない、その為なら何をしてもいいとすら思っている。

そんな自分にこんなふうに、真心を向けてくれる。
嬉しくて、ありがたくて。
吉村には、自分の想いを、知ってほしいと思えた。
英二は口を開いた。

「俺には、大切なひとがいます」
「うん、…素晴らしいな」

吉村の笑顔が温かい。
その笑顔を嬉しいと思いながら、きれいに笑って英二は言った。

「その人を守る為だけに、安本さんに会いに行きます」

そうかと微笑んで、吉村が言ってくれた。

「宮田くん。君は今とても、いい顔をしている。
 きれいな心と美しい想いが表われた、とてもいい顔です。
 私は警察医を10年やって来た。だから、私にはきちんと解ります。君の覚悟と目的は、きれいで正しい事だ」

「はい、」

真直ぐに見つめて、英二は笑った。
そして吉村は書類ケースを閉じながら、訊いてくれた。

「君は警察官として会いにいく?それとも宮田英二として、ひとりの男として会いにいく?」

そんなことは、とっくに決まっている。
きれいな低い声で、英二は短く応えた。

「全てです」
「じゃあ、制服姿は相応しいね」

そんなふうに吉村は微笑んでくれた。

澤野とは、青梅署ロビーで待ち合わせた。
吉村の同行を快く頷いて、3人一緒に澤野の車に乗った。
車中で1時間ほど話し、11時前に到着した。

武蔵野警察署庁舎に着いて、吉村は約束の医師の元へ向かった。
見送ってから、英二は澤野に訊いた。

「中庭へと挨拶に行っても、よろしいですか」
「宮田、よく知っていたな」

澤野は微笑んで、英二を案内してくれた。

武蔵野警察署の中庭には、若い警察官の胸像が立っている。
銃に撃たれて殉職した、若い巡査の胸像だった。
ここに赴任した警察官は、この胸像に任務の無事を祈る事から勤務を始める。

昭和31年9月23日の早朝。
不審な乗用車の男を職務質問しようとした彼は、短銃で撃たれ殉職した。
彼は22歳だった。

この胸像の先輩は、自分と同じ年頃で、同じ世界で任務に殉じた。
そして吉村の息子が亡くなったのも、同じ年齢だった。

そっと長い指で、英二は自分のホルスターに触れた。
拳銃を持つ警察官として危険の中に、自分は生きている。
そして吉村の息子を眠らせた山に、山ヤとして自分は生きている。

けれど、自分は絶対に死なない警察官で山ヤでいる。
あの隣との約束を、必ず自分は守って生きる。その為に今ここに立っている。

若い警察官の胸像は、秋の陽射にあたたかく佇んでいる。
「殉職」任務の為に死ぬこと。
それは、殺した犯人がいると言う現実。
その現実に周太は、13年間苦しみ続けている。
この青年の家族も、周太と同じように苦しんだろう。

―幸せな人生が幸せな死になるんだ
 だから大丈夫、おじいさんは今、きっと、幸せでいるよ

吉村医師が、田中の孫の秀介に言った言葉。
大切な人を見送った時、この言葉はどれだけ救いになるだろう。
そして、逝った本人にとっても。

この青年の死は、早すぎ、残酷だった。
けれど、せめてどうか、幸せな眠りであってほしい。

胸像の瞳を、英二は真直ぐ見つめた。
そして静かに右腕を挙げて、敬礼をおくった。


(to be continued)

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