児童虐待のことを扱った小説に天童荒太先生の「永遠の仔」があります。相当な量の小説ですが、教育関係者として必須の作品であるとご紹介をいただき、読んでおります。
あまり内容について書くと著作権にふれますから、書けないのですが、しかし実に生々しい。普段、テレビもろくすっぽ見ませんので、この作品がTVドラマになってかなりの視聴率をとったことも今日初めて知りました。
児童虐待や、老人介護の問題も含んでいて、毎日暑い夜を情報カード片手に読んでおります。
あいかわらず天童荒太先生の取材力には仰天させられます。「家族狩り」(文庫版)では現代の家族の抱えている崩壊の問題を扱っていて、これもまた学校関係者としては必須の作品ととらえました。
このような作品群を書かれる天童先生に非常に興味を持っています。と同時に、こういう作品を教えていただくこと、そういうご縁を持たせていただくことを感謝しているところです。
読書には、勉強のためとか、情報収集のためとか、知らないことを知るためとか、いろいろ目的があると思います。
わたくしとしては、人物育成のためと考えるのが好きです。しかし、これだと若干堅苦しくなります。喜びを伴わない可能性があります。
また、10代後半の若いときから源氏物語構想論などというものに興味を持って、微かにそれこそ微かに学んできたのです。しかし、どうしても源氏物語そのものについて、年齢を重ねるにつけ疑問を感じざるを得なかったのでありました。京都にもたびたび旅行をして、物語の舞台を訪問してみました。結論から言うと、わたくしの能力に余る大きすぎる課題であったわけです。
テキストの選択も間違いがあったのかもしれません。
最近、瀬戸内寂聴先生の源氏物語の訳本を入手しました(講談社)。例の古本チェーンです。瀬戸内先生は好きな作家でしたから、ぱらぱらとめくってみたら、なんともまぁ自由奔放に訳しておられる。引き込まれました。
源氏読みとして訳本など読むのは亜流であるかのごとき考え方をして、あくまで原文にこだわってきました。これが原因でした。そういうことです。そういうことに気がついたわけです。つまり固定観念です。もっとも、訳本だけを読んで原文も読んだとは思わない方がよろしいと忠告だけは忘れずにしておきますが。
こうでなくてはならないという思い込み。
先達瀬戸内先生によって、また別の意味で楽しむ源氏を教えていただいたような気がしました。これも退職後の楽しみになるのでしょう。
図書館で、多くの書籍との出会いを楽しむということが、どれだけ広く深い世界にはばたいていくことになるのか。
そのことを皆さんに申し上げたいと思います。
読書の水先案内人として、ますますの成長を祈っております。
がんばってください。
※この一文は明日、千葉科学大で高校生による図書委員の集まりがあります。そこでの挨拶(配付資料)です。
あまり内容について書くと著作権にふれますから、書けないのですが、しかし実に生々しい。普段、テレビもろくすっぽ見ませんので、この作品がTVドラマになってかなりの視聴率をとったことも今日初めて知りました。
児童虐待や、老人介護の問題も含んでいて、毎日暑い夜を情報カード片手に読んでおります。
あいかわらず天童荒太先生の取材力には仰天させられます。「家族狩り」(文庫版)では現代の家族の抱えている崩壊の問題を扱っていて、これもまた学校関係者としては必須の作品ととらえました。
このような作品群を書かれる天童先生に非常に興味を持っています。と同時に、こういう作品を教えていただくこと、そういうご縁を持たせていただくことを感謝しているところです。
読書には、勉強のためとか、情報収集のためとか、知らないことを知るためとか、いろいろ目的があると思います。
わたくしとしては、人物育成のためと考えるのが好きです。しかし、これだと若干堅苦しくなります。喜びを伴わない可能性があります。
また、10代後半の若いときから源氏物語構想論などというものに興味を持って、微かにそれこそ微かに学んできたのです。しかし、どうしても源氏物語そのものについて、年齢を重ねるにつけ疑問を感じざるを得なかったのでありました。京都にもたびたび旅行をして、物語の舞台を訪問してみました。結論から言うと、わたくしの能力に余る大きすぎる課題であったわけです。
テキストの選択も間違いがあったのかもしれません。
最近、瀬戸内寂聴先生の源氏物語の訳本を入手しました(講談社)。例の古本チェーンです。瀬戸内先生は好きな作家でしたから、ぱらぱらとめくってみたら、なんともまぁ自由奔放に訳しておられる。引き込まれました。
源氏読みとして訳本など読むのは亜流であるかのごとき考え方をして、あくまで原文にこだわってきました。これが原因でした。そういうことです。そういうことに気がついたわけです。つまり固定観念です。もっとも、訳本だけを読んで原文も読んだとは思わない方がよろしいと忠告だけは忘れずにしておきますが。
こうでなくてはならないという思い込み。
先達瀬戸内先生によって、また別の意味で楽しむ源氏を教えていただいたような気がしました。これも退職後の楽しみになるのでしょう。
図書館で、多くの書籍との出会いを楽しむということが、どれだけ広く深い世界にはばたいていくことになるのか。
そのことを皆さんに申し上げたいと思います。
読書の水先案内人として、ますますの成長を祈っております。
がんばってください。
※この一文は明日、千葉科学大で高校生による図書委員の集まりがあります。そこでの挨拶(配付資料)です。