内観をやってみて、実際感じることは報恩の実践ということである。マジに。
これまで迷惑をおかけしたこと、それらの方々に感謝し、お返しをしたことがあったかとなると誠に心細いからだ。まことにもって心苦しいことである。ケンカをしたこともたくさんある。感情的になって言い争い、人間関係を断ってしまってそれっきりということも多々あるからである。
それにボキはこの九十九里浜に親族がいない。亡父、亡母の系列もいない。いるのはボキの子どもたちだけである。
今日の午前中に、オンライン授業を受けていた。それでそんなことを考えてしまった。詳細は省くが、ここまで生きてきても、まだまだ勉強していかんとならないとしみじみ思った。不勉強なんである。今やっている大学院を修了できたら、またまた別のガッコで勉強してみたいもんだと思ってしまった。やることはたくさんあるからである。
少年院での講話をやることになっていた。ボキなりにパワーポイントを作ってイノチの教育をやる予定になっていた。コロナでできなくなったが。
そうなると、ボキの根底に何があるのかという自問自答もするようになった。
内観もタメしてみたいし、善とか悪とか考えてみたいこともたくさんあるからだ。
現場のガッコで受験の指導をしているというのが、一番つまらないですなぁ。塾も含めて。受かったら感謝とか恩とか関係なくなるし。
そこでハタと気がついてしまった。ボキだって、恩師にありがたいと思ったことは無かったからである。結局、無駄なことをしているのかも知れないからだ。そして、そんなことをやって約半世紀も飯を食ってきたのだ。
死んだらすべては消え去ってしまうけど。
仕方ないことなんだろうなぁとは思う。
それでも、報恩の心は失ってはアカンと思ってしまった。
オンライン授業の成果である。ありがたいもんである。感謝である。
午後から3歳の孫(女児)にクリスマスが近いから、プレゼントをあげてくる。にわかサンタクロースだ(^_^)。
BYE-BYE!