今日こんなことが

山根一郎の極私的近況・雑感です。職場と実家以外はたいていソロ活です。

意地の三が日が終わる

2014年01月03日 | 歳時
新年を迎えてもう3日が過ぎた。
毎年、三が日は、意地でも正月を祝う行動を続けることにしている。

一日和服で通し、おせちを肴に昼から酒を飲み、夕食は餅で済ませる。
仕事にはいっさい手を付けず、初詣以外の外出をしない。

本来なら、せめて松の内は、正月気分を持続したいのだが、
”意地でも”と称しているように、この持続は3日が限度。

なので、3日が過ぎることに対して、正月気分が終わる寂しさと同時に、
内心ホッとしている。

お節には飽きるし、和服で通すのもつらい。
和服って、足の動きが制限されるし、襟元が寒く、袖が邪魔。
正座にはいいが、胡坐をかくと、帯が弛む。

3日間もこのようにすごすと、いいかげん日常に戻りたくなる。
言い換えれば正月をのんびり楽しめなくなっている。

本来は週単位の”湯治”が現代人にはできなくなっているのと同じ。
われわれには欧州流の”バカンス”も無理な気がする。
私など、旅行は2泊が丁度いい長さ(3泊だと飽きる)。
本質的に三日坊主体質なんだな。

私の元日節会

2014年01月01日 | 歳時
今年の元日も、例年と同じようにすごした。
元日は、儀式的な一日なので、
ひっくるめて「元日節会(せちえ)」と称したい。
それを問題なく執り行なえることはいいことだ。

今年は少々寝坊して、起きたのは10時前(昨晩の寝酒が多少残っている)。
ここから先は例年通りだが、これまた例年通りあえて記す。

まず湯垢離をして、絹の下帯をつけ、
羽織・袴姿になって、帯に扇を差し、下駄を履いて、第一鎮守の諏訪神社に詣でる。
ここを初詣でするのは今年で最後となる。

ちなみに、新年を迎えた午前0時を過ぎて、近所の与楽寺に除夜の鐘を撞きに行った。
これもここ数年の行事としている。
近所の人しか集らないはずだが、けっこう行列になっていて自分が撞いた時間は午前1時だった。

さて、諏訪神社の行列に並んで参拝した後、お札を買った。
富士見坂を下って(もはや富士は見えない)、六阿弥陀通りを抜け、
田端の第二鎮守八幡神社に詣で、境内の富士塚にも詣でる。

家に戻って、弟一家がやってくると
私は烏帽子・直垂(武士の正装)に変える。
全員が卓についたところで、
「お屠蘇の儀」を執り行う(詳細は去年の元日の記事)。
儀式的な盃事なのだが、
10歳になったばかりの甥の柊聖は、お屠蘇が大好きで、これを一年間楽しみにしていたという。
何しろ、正月で1番楽しみなのが「お屠蘇」で、「お年玉」は2番目だと。
それが終わって、皆でお節料理をいただく。
母が昨晩作った煮物がおいしい。

〆の雑煮を食べ終わると、あとはダラダラ。
これで「節会」の部分は終わり。

甥と私はiPadのゲームをする。
昼間から酒を飲んで満腹になったので、必然的に眠くなる。
夜6時に目が覚めて、弟一家を見送り、
ここで初めて配達された年賀状に目を通す。
出してない先からの賀状を書き、
磯辺餅を2個食べて、夕食とする。

かように、元日は毎年ダラダラと過して終わる。
「一年の計は元旦にあり」という言葉とは裏腹に、三が日はひたすら怠惰に過すのを旨としている。
正月(松の内)はこれから一年を頑張るための、まずは充電という位置づけ。
ダラダラすることで、あえて活動の意欲が醸成されるというわけだ。

謹賀新年!

2014年01月01日 | 歳時
平成26(2014)年甲午(きのえうま)、
新年あけましておめでとうございます。
皆様とともにこうして新年を迎えられたことを慶び、
皆様の本年のご多幸をお祈り申上げます。

今年もこのブログを楽しんでいただけるよう、
公私にわたり精進していきますので、
応援のほどよろしくお願いいたします。

まずは、ご挨拶にて。