積み重なったもの

2016-10-28 23:58:46 | Weblog
リニューアルなった東京都写真美術館に行ってきた。
我が趣味の写真を主とする美術館である。
一度訪れてみたいと思っていたが、改装期間に入っていてずっと休館していた。
これからは度々お世話になることだろう。
リニューアルオープン記念の展覧会は「杉本博司 ロスト・ヒューマン」。
人間世界の終わり方を想像するインスタレーションだった。
最近、映画や展覧会は詳細を調べず見に行くことがほとんど。
杉本博司は写真家だと思っていたから写真を見せてくれるのだろうと入ったらさにあらず、主に杉本氏所蔵のコレクションの展示だった。



彼の考える様々な世界の終わり方が紙に手書きされ、分割された小部屋にその終末のストーリーに関係しそうなモノ、関係なさそうなモノが展示されている。
展示物は借り物もある様だが、ほとんどが杉本氏の持ち物のようだ。
まあいろんなモノを持ってるものだ。
美術品、骨董品と言えるモノもあれば、農家の納屋に転がっていそうなガラクタと言っていい何かもある。
これらは日頃どういう風に保管されているんだろう。
と余計な事が気になった。

展示物には彼の撮った写真もある。
プリントされた現物を間近で見るのは初めてだ。
その精細さに驚嘆。
海景シリーズの海の写真なんてただ波静かな海を撮ってあるだけなのに、小さな波のひとつひとつがクッキリと写し出され、その現物感に圧倒される。
すごいなこのプリント。


展示は2フロアに渡っていて、3Fは先のインスタレーション、2Fは杉本氏の新作写真の展示だった。
写真は<廃虚劇場>という作品。
長く使われず廃虚となった外国の映画館?の舞台周りを、これも大判カメラで精緻に撮影してあった。
廃虚好きな私はこちらの作品の方が面白かった。
ただ、スクリーン部分がどの写真も真っ白なのが意味不明。
何故か劇場名と合わせて過去に公開されたある映画の名前とその概略ストーリーが劇場毎に違えて表示されていた。
劇場のイメージを映画に例えているのかと思ったが、関連性は??であった。

この作品、鑑賞中はただ廃虚の劇場が被写体なだけと思っていた。
ところが鑑賞を終えてベンチで足を休めつつパンフレットの作品説明を読んだら衝撃的事実が書かれていた。
写真の光源は当該映画を劇場のスクリーンに投影した一話分の反射光だというのだ。
つまり真っ暗な劇場で約2時間くらい映画を上映し、それを長時間露光して撮影したらしい。
それでスクリーンが白く輝いていたのか。
つまりあの写真には廃虚の劇場以外に映画が一話分写っていたのだ。
まあまあまあなんてことを思い付き、そして実行するのだろう。
これらの写真に堆積された二つの時間の厚みを思い、愕然とした。

過去に瀬戸内の直島で杉本氏の作品を鑑賞したことがある。
護王神社だが、これもまた驚く造りになっていて感心したものだ。
先のインスタレーションでは手書きの説明で世界が滅んだ理由を伝えている。
活字の時代であるが、手書きで書き伝えることの意味を「肉筆考」として述べていた。
こういった芸術を残す人は様々な世の中の事どもに対する思慮が深いのだなあと改めて思った。
展示作品はもう一つあり<仏の海>という千手観音の写真でこの展覧会は終わる。
仏様も人間が生み出したものだ。
人を超越した存在は人が滅んだ後、何を思い世界を見つめるのだろうか。