九州に伝わる妖怪に足長と手長がある。
写真は鳥取県境港市の水木しげるロードにある足長手長のブロンズだ。
wikiより
足長人は「足長国」の住民、手長人は「手長国」の住民。その名の通り、それぞれ脚と手の長さが体格に比較して非常に長いとされる。海で漁をする際には、常に足長人と手長人の1人ずつの組み合わせで海へ出て、足長人が手長人を背負い、手長人が獲物を捕らえるという。
このブロンズ像は、まさに解説の姿を模したものだ。
しかし、当時86体もあったブロンズ像の中の一つに気をとめることはなかった。
3年後にここ高山を訪れた時、鍛冶橋の両側の欄干に像があった。
足長
手長
この2体の下には同じ解説版がついていた。
内容はこうだ。
「嘉永元年に、名工、谷口与鹿(たにぐちよろく)は、出雲神話によるスサノオノミコトと結ばれたテナヅチノミコトの父足名稚(アシナヅチ)を足長に、母手名稚(テナヅチ)を手長に具象彫刻し、高山祭り屋台恵比寿台にとりつけた。 この像は、それを模したものである。」
場所が変わると随分と内容が違うものだ。
出雲は島根、妖怪手長足長像は鳥取。 元々は九州の妖怪。
そして、岐阜に。
実はゆきたんく、恵比寿台の写真も撮ってあったのだが、手長足長は確認できず。
勉強不足というよりも、当日の取材不足であった。