昨夜、ネットでニュースを見ようと、【YAHOO! JAPAN】を開いた後、
ぼんやりと【雑誌】コーナーを見ていたら、
《 おせち料理も100均出そろう!「豪華おせちは無駄遣い」とFP 》
と見出しされた記事を見て、どういうことなの、と思わずクリックした。
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20111228-00000020-pseven-bus_all
☆、【YAHOO! JAPAN】
<==【NEWS ポストセブン 】《 おせち料理も100均出そろう!「豪華おせちは無駄遣い」とFP 》☆
《・・不況で給料も下がり、なんとかお金をセーブしたいこのシーズン。
一体どのようにして貯めればいいのか?
そんな疑問に応えてくれるのが、ファイナンシャル・プランナーの伊藤亮太氏である。
伊藤氏は、デパートに行けば豪華絢爛なおせち料理の予約販売がおこなわれており、
ネットでも手軽に高級おせちが購入できる時代に、
「そんなおせち料理は無駄遣い」と異議を唱える。・・》
この後に、伊藤亮太氏は、具体的に解説されているので、
無断ながら転載させて頂く。
《・・
某有名百貨店のホームページを見てみると、
ピンからキリまでではあるものの、数万円~数十万円で販売されていた。
明らかに高くないだろうか。
ブランド好きで、おせちもブランドをという人は別かもしれないが、
これこそ一般的には無駄遣いといえるだろう。
ネット上では、安いものであれば8千円前後から購入できるものもあるが、一段重である場合が圧倒的。
果たしてこの価格は適切だろうか?
原価を考えたことはあるだろうか?
田作り、黒豆、かまぼこ、いか、海老、なます、栗きんとん、伊達巻・・・。
二段重であっても、どう考えても1万円以上払わなくても、購入できそうな気がしてならない。
人件費や加工費、送料等がかかるといっても、数万円するのはおかしいと思わないか?
箱代などにお金をかける必要性は全くないし、
値段の高い食べ物といえば、数の子ぐらいではなかろうか。
しかも数の子もスーパーで購入する500円分も入っていればいいところだろう。
ここで、サラリーマン家庭でも、可能なおせち料理を安く済ます方法を考えてみた。
はっきり言ってしまえば、買わない・作らない。
これが最もお金のかからない方法である。
しかしそれでは正月気分にもなれないという方は作ればよい。
家族で作れば、「絆」も深まるしコストも安く抑えることができる。
でも面倒だから作りたくないというあなたには、
スーパーでおせち用のパックを購入し、ちょっと立派なお弁当箱に詰めるパターンをおススメする。
さらにいえば、100円ショップなどで買えるものは、
100円で買うことも視野に入れるとおせちは相当安く作れる可能性がある。
例えば、こんな具合にである。
筆者は、ローソンストア100のホームページを見て愕然とした。
おせち用として下記の単品がすべて105円で発売されるとのこと。
【いつでも発売されているもの(全国発売)】
・黒豆 ・たまご焼き ・栗甘露煮 ・焼豚
【数量限定。一部店舗にて取り扱い】
・野菜のうま煮 ・里芋の煮っころがし ・わさび本漬
【12月26日(月)より発売】
・伊達巻 ・蒲鉾(紅・白) ・昆布巻さけ ・昆布巻にしん ・なます漬け
※なます漬けは東北・関東地区のみ販売とのこと
【12月28日(水)より発売】
・炸肉丸子(シャーロウワンズ)
なんと全部購入しても1470円(税込)である。
人によっては好き嫌いもあるだろうし、地区によっては入れないものもあるであろうから、
10品選んだとするとたったの1050円で一段重ができてしまう。
これで足りなければ、あとはスーパーでパック入りのものを購入すればよい。
3000円もあればおせち料理は簡単に作れてしまう時代なのだ。
有名料理店のおせち料理にお金をかけるぐらいならば、
100円ショップをうまく活用したりスーパーでおせちパックを買うことで節約すべし。
1年に1回しかないものの、場合によっては数万円節約できるかもしれない。
その分、浮いたお金で旅行などに行った方が合理的だ。
ただし、節約したお金をすべて使ってしまうのも問題。
少しは蓄えて将来の備えにすべきであろう。
NEWS ポストセブン 12月28日(水)16時6分配信
・・》
注)記事の原文にあえて改行を多くした。
私は東京郊外の調布市に住む年金生活の67歳となった身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭である。
そして雑木の多い小庭に古ぼけた一軒屋に住み、お互いの趣味を互いに尊重して、日常を過ごしている。
私が東京郊外の調布市の長兄宅の実家から離れたのは1972(昭和47)年で、
神奈川県・川崎市の登戸でアパート経営をしながら住んでいる母の宅に同居した後、
千葉県・市川市の国府台で賃貸マンションで新婚生活を2年ばかり過ごし、
実家の近くに一軒屋を構えたのは1978(昭和53)年の春であった。
家内は中学生の時から茶事を学んできたので、私は33歳の若さで世間知らず、
気負いもあり住居の中で茶室を設けたりした。
しかし作庭費用に困り果て、やむえず雑木主体の庭とした。
何より困窮したのは、色々な面で想定した価格より遥かに高く、すべてのローンは多額の借金となり、
月々、ボーナス時の返済は、私が孤軍奮闘しても赤字が多かったのである。
まもなく家内は、パート、契約社員などで、5年ぐらい援軍を受けたりした。
そしてクリスマスの頃になると、家内は御節料理の素材を付近の専門店、スーパーなどで買い求めていた。
栗、黒豆、田作りなどの材料であり、
たとえば栗は丹波の栗、といったように家内は茶事で学んだ体験を生かし、
程ほど高価な品を選定していた。
家内は大掃除、お節料理などで奮闘し、茶室の床飾りとして『結び柳』などをし、
私は28日頃に仕事納めをした後、翌日頃から我が家の庭の手入れをしていた。
大晦日の昼過ぎ、家内が御節料理の完成を告げた後、
独り住まいの母用に、三段のお重に風呂敷でしっかりと結び、
私は独りで母の所に届けたのである。
そして、途中で酒屋に寄り、地酒の四合瓶を買い求め、母の所に行ったのである。
その後、母のところで、出前のお寿司を食べながら、私は持参した地酒を呑み、
母とふたりだけで他愛のない話を数時間を過ごしたのである。
こうしたことは、母の亡くなる1998(平成10)年の新春の前の年まで、
20年間続けた。
そして、新年の2日の私の実家の長兄宅の『新年の祝い』に於いて、
家内は9時前に長兄宅に行き、長兄の奥方と共に、料理の仕上げ、席の準後などをしたり、
私は新年会の始まる30分前頃まで長兄宅に行き、
長兄の家族はもとより、叔父、叔母さんなどに新年の挨拶をしたりした。
この間、母、次兄、妹の家族も加わり、11時頃から新年会となった。
そして、3時頃に散会し、家内は長兄の奥方と共に後片づけをしたりしている間、
長兄、長兄の子供らと私は茶の間で談笑したりした。
こうした長兄宅での新年会は、母の亡くなる前の年まで続いた。
私達夫婦が1978(昭和53)年の春に新居を構えた後、
1980(昭和55)年の大晦日に家内の両親に来宅して貰い、『お年取り』を復活させた。
私は家内の父と心身の波長が合うので、程々に遠慮なく、食べたり、呑んだりし、
私達4人ながら心身盛り上がったりしたのである。
そして宿泊して頂き、元旦の新年を迎え、昼下がりに家内の両親は帰宅されたのである。
その後、家内の弟が加わったり、家内の妹夫婦に宿泊してもらったりし、
家内の父の体調が悪化するまで、20年ぐらい、続いたのである。
1998(平成10)年の新春に私の母は死去した後、
晩秋に喪中の葉書を関係者に送付したりした。
年末年始、喪に服するのは戸惑いを覚え、
何よりも母親の死去で失墜感、空虚感が私にはあったのである。
世間の人々は残された息子は幾つになっても、父親の死より、母親の死の方が心痛と聞いたりしていたが、
私の場合は父は小学2年に病死され、もとより母、そして父の妹の叔母に育てられたので、
50歳を過ぎた私でも心は重かったのである・・。
このような私の感情を家内は察して、
『年末年始・・どちらかに旅行に行きましょう・・』
と私に云った。
そして私たち夫婦は、私の定年退職する2004〈平成16〉年の前年まで、
年末年始の休暇を利用して、国内旅行に行ったりしていたので、
もとより御節料理は我が家では、お休みとなった。
家内の父が2004(平成16)年の秋、私の定年退職時の直前に病死し、
家内の母は独り住まいとなったので、
私達夫婦は年末年始の期間は我が家で共に新年を迎えよう、と誘い、
この年から恒例のようなこととなっている。
ほぼ毎年、28日の夕方に来宅して貰い、年末を過ごし、
新年を迎え、4日の午前中に帰宅する。
我が家の年末年始の情景は、居間の17畳ばかりの一角に6人用の炬燵で設置し、
家内の母には、奥の6畳の和室と書棚の3畳のスペースで休んで頂く。
こうした中で、居間の炬燵で、それぞれの好みの御節料理の単品の数々を頂いたりし、
テレビを視聴したりして過ごすことが多いのである。
御節料理といっても恥ずかしながら、駅前、最寄りのスーパーで単品を買い求め、
私の母が生前した時のように黒豆の素材を買い求めて、家内が3日ぐらいで仕上げるようなことは略して、
店頭の完成品の黒豆を購入したりしている。
過日、私たち夫婦はスーパーで単品を選定する前の時、
年金生活だから、紀文のメーカーの品であったら充分だょ、
と私は家内に言ったりしている。
そして家内の母が亡くなり、私たち夫婦だけになった時、
私たち夫婦も齢を重ねるばかりで、もとより高齢者で身体も衰えるのであり、
デパートかスーパーで、数万円の御節料理セットにしょうか、
と私は家内に言ったりしている。
このような我が家の実情なので、今回のこの記事を読み終わった後、
御節料理の変貌に、デフレ経済が長らく続く中、100円均一も世の中にでたのか、
と驚きながら、ため息をしたりしている。
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この後に、伊藤亮太氏は、具体的に解説されているので、
無断ながら転載させて頂く。
《・・
某有名百貨店のホームページを見てみると、
ピンからキリまでではあるものの、数万円~数十万円で販売されていた。
明らかに高くないだろうか。
ブランド好きで、おせちもブランドをという人は別かもしれないが、
これこそ一般的には無駄遣いといえるだろう。
ネット上では、安いものであれば8千円前後から購入できるものもあるが、一段重である場合が圧倒的。
果たしてこの価格は適切だろうか?
原価を考えたことはあるだろうか?
田作り、黒豆、かまぼこ、いか、海老、なます、栗きんとん、伊達巻・・・。
二段重であっても、どう考えても1万円以上払わなくても、購入できそうな気がしてならない。
人件費や加工費、送料等がかかるといっても、数万円するのはおかしいと思わないか?
箱代などにお金をかける必要性は全くないし、
値段の高い食べ物といえば、数の子ぐらいではなかろうか。
しかも数の子もスーパーで購入する500円分も入っていればいいところだろう。
ここで、サラリーマン家庭でも、可能なおせち料理を安く済ます方法を考えてみた。
はっきり言ってしまえば、買わない・作らない。
これが最もお金のかからない方法である。
しかしそれでは正月気分にもなれないという方は作ればよい。
家族で作れば、「絆」も深まるしコストも安く抑えることができる。
でも面倒だから作りたくないというあなたには、
スーパーでおせち用のパックを購入し、ちょっと立派なお弁当箱に詰めるパターンをおススメする。
さらにいえば、100円ショップなどで買えるものは、
100円で買うことも視野に入れるとおせちは相当安く作れる可能性がある。
例えば、こんな具合にである。
筆者は、ローソンストア100のホームページを見て愕然とした。
おせち用として下記の単品がすべて105円で発売されるとのこと。
【いつでも発売されているもの(全国発売)】
・黒豆 ・たまご焼き ・栗甘露煮 ・焼豚
【数量限定。一部店舗にて取り扱い】
・野菜のうま煮 ・里芋の煮っころがし ・わさび本漬
【12月26日(月)より発売】
・伊達巻 ・蒲鉾(紅・白) ・昆布巻さけ ・昆布巻にしん ・なます漬け
※なます漬けは東北・関東地区のみ販売とのこと
【12月28日(水)より発売】
・炸肉丸子(シャーロウワンズ)
なんと全部購入しても1470円(税込)である。
人によっては好き嫌いもあるだろうし、地区によっては入れないものもあるであろうから、
10品選んだとするとたったの1050円で一段重ができてしまう。
これで足りなければ、あとはスーパーでパック入りのものを購入すればよい。
3000円もあればおせち料理は簡単に作れてしまう時代なのだ。
有名料理店のおせち料理にお金をかけるぐらいならば、
100円ショップをうまく活用したりスーパーでおせちパックを買うことで節約すべし。
1年に1回しかないものの、場合によっては数万円節約できるかもしれない。
その分、浮いたお金で旅行などに行った方が合理的だ。
ただし、節約したお金をすべて使ってしまうのも問題。
少しは蓄えて将来の備えにすべきであろう。
NEWS ポストセブン 12月28日(水)16時6分配信
・・》
注)記事の原文にあえて改行を多くした。
私は東京郊外の調布市に住む年金生活の67歳となった身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭である。
そして雑木の多い小庭に古ぼけた一軒屋に住み、お互いの趣味を互いに尊重して、日常を過ごしている。
私が東京郊外の調布市の長兄宅の実家から離れたのは1972(昭和47)年で、
神奈川県・川崎市の登戸でアパート経営をしながら住んでいる母の宅に同居した後、
千葉県・市川市の国府台で賃貸マンションで新婚生活を2年ばかり過ごし、
実家の近くに一軒屋を構えたのは1978(昭和53)年の春であった。
家内は中学生の時から茶事を学んできたので、私は33歳の若さで世間知らず、
気負いもあり住居の中で茶室を設けたりした。
しかし作庭費用に困り果て、やむえず雑木主体の庭とした。
何より困窮したのは、色々な面で想定した価格より遥かに高く、すべてのローンは多額の借金となり、
月々、ボーナス時の返済は、私が孤軍奮闘しても赤字が多かったのである。
まもなく家内は、パート、契約社員などで、5年ぐらい援軍を受けたりした。
そしてクリスマスの頃になると、家内は御節料理の素材を付近の専門店、スーパーなどで買い求めていた。
栗、黒豆、田作りなどの材料であり、
たとえば栗は丹波の栗、といったように家内は茶事で学んだ体験を生かし、
程ほど高価な品を選定していた。
家内は大掃除、お節料理などで奮闘し、茶室の床飾りとして『結び柳』などをし、
私は28日頃に仕事納めをした後、翌日頃から我が家の庭の手入れをしていた。
大晦日の昼過ぎ、家内が御節料理の完成を告げた後、
独り住まいの母用に、三段のお重に風呂敷でしっかりと結び、
私は独りで母の所に届けたのである。
そして、途中で酒屋に寄り、地酒の四合瓶を買い求め、母の所に行ったのである。
その後、母のところで、出前のお寿司を食べながら、私は持参した地酒を呑み、
母とふたりだけで他愛のない話を数時間を過ごしたのである。
こうしたことは、母の亡くなる1998(平成10)年の新春の前の年まで、
20年間続けた。
そして、新年の2日の私の実家の長兄宅の『新年の祝い』に於いて、
家内は9時前に長兄宅に行き、長兄の奥方と共に、料理の仕上げ、席の準後などをしたり、
私は新年会の始まる30分前頃まで長兄宅に行き、
長兄の家族はもとより、叔父、叔母さんなどに新年の挨拶をしたりした。
この間、母、次兄、妹の家族も加わり、11時頃から新年会となった。
そして、3時頃に散会し、家内は長兄の奥方と共に後片づけをしたりしている間、
長兄、長兄の子供らと私は茶の間で談笑したりした。
こうした長兄宅での新年会は、母の亡くなる前の年まで続いた。
私達夫婦が1978(昭和53)年の春に新居を構えた後、
1980(昭和55)年の大晦日に家内の両親に来宅して貰い、『お年取り』を復活させた。
私は家内の父と心身の波長が合うので、程々に遠慮なく、食べたり、呑んだりし、
私達4人ながら心身盛り上がったりしたのである。
そして宿泊して頂き、元旦の新年を迎え、昼下がりに家内の両親は帰宅されたのである。
その後、家内の弟が加わったり、家内の妹夫婦に宿泊してもらったりし、
家内の父の体調が悪化するまで、20年ぐらい、続いたのである。
1998(平成10)年の新春に私の母は死去した後、
晩秋に喪中の葉書を関係者に送付したりした。
年末年始、喪に服するのは戸惑いを覚え、
何よりも母親の死去で失墜感、空虚感が私にはあったのである。
世間の人々は残された息子は幾つになっても、父親の死より、母親の死の方が心痛と聞いたりしていたが、
私の場合は父は小学2年に病死され、もとより母、そして父の妹の叔母に育てられたので、
50歳を過ぎた私でも心は重かったのである・・。
このような私の感情を家内は察して、
『年末年始・・どちらかに旅行に行きましょう・・』
と私に云った。
そして私たち夫婦は、私の定年退職する2004〈平成16〉年の前年まで、
年末年始の休暇を利用して、国内旅行に行ったりしていたので、
もとより御節料理は我が家では、お休みとなった。
家内の父が2004(平成16)年の秋、私の定年退職時の直前に病死し、
家内の母は独り住まいとなったので、
私達夫婦は年末年始の期間は我が家で共に新年を迎えよう、と誘い、
この年から恒例のようなこととなっている。
ほぼ毎年、28日の夕方に来宅して貰い、年末を過ごし、
新年を迎え、4日の午前中に帰宅する。
我が家の年末年始の情景は、居間の17畳ばかりの一角に6人用の炬燵で設置し、
家内の母には、奥の6畳の和室と書棚の3畳のスペースで休んで頂く。
こうした中で、居間の炬燵で、それぞれの好みの御節料理の単品の数々を頂いたりし、
テレビを視聴したりして過ごすことが多いのである。
御節料理といっても恥ずかしながら、駅前、最寄りのスーパーで単品を買い求め、
私の母が生前した時のように黒豆の素材を買い求めて、家内が3日ぐらいで仕上げるようなことは略して、
店頭の完成品の黒豆を購入したりしている。
過日、私たち夫婦はスーパーで単品を選定する前の時、
年金生活だから、紀文のメーカーの品であったら充分だょ、
と私は家内に言ったりしている。
そして家内の母が亡くなり、私たち夫婦だけになった時、
私たち夫婦も齢を重ねるばかりで、もとより高齢者で身体も衰えるのであり、
デパートかスーパーで、数万円の御節料理セットにしょうか、
と私は家内に言ったりしている。
このような我が家の実情なので、今回のこの記事を読み終わった後、
御節料理の変貌に、デフレ経済が長らく続く中、100円均一も世の中にでたのか、
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