夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

幾たびか冬の札幌を訪れ、東京の田舎者の私のささやかな想いは・・。 《3》 

2012-01-29 04:13:59 | 旅のあれこれ
          第2章  北海道てっぺん周遊記【2002.12.31..~2003.1.2.】

2002(平成14)年の年末、
私達夫婦は『ゆく年くる年 日本のてっぺんでお正月3日間』と称された団体観光周遊ツアーに参加した。
私の定年退職したのは2004(平成16)年の秋であったので、
現役は残すところ一年10が月前であった。

この当時も12月になると、家内と年末年始の旅行のことで話し合ったりした。
私は前年の能登の輪島温泉滞在で、程ほど高価な費用を払ったのに、と苦い思いでがあり、
ためらったりしていたのである。

こうした時、通販の旅行会社のクラブツーリズムから送付されてくる小冊誌に於いて、
『ゆく年くる年 日本のてっぺんでお正月3日間』と題した、団体観光ツアーがあった。

大晦日の31日の早朝、羽田空港に集合して、午前10時過ぎに釧路空港に着陸した後、
バスで釧路湿原を通り過ぎ、屈斜路湖、摩周湖の雪の情景を鑑賞した後、紋別に宿泊する。

翌日、2003(平成15)年の元旦の朝、稚内を目指して、オーホック海沿いの道をバスは長らく北上し、
そして宗谷岬に午後の3時過ぎ到着した後、日本の最北端の駅である稚内駅を観たりし、
高台にある神社に初詣し、市内のホテルに宿泊。

そして翌日の2日、札幌を目指して、日本海を眺めながらバスは南下し、千歳空港から帰京するプランであった。

こうした風変わりな周遊観光コースであり、格安なプランであるので、
二度と企画されないかもしれない、と私は家内に云ったりし、参加したのであった。


大晦日の31日、羽田空港に早朝に集合時間であったので、
タクシーを予約して、暗い中、自宅から羽田空港までタクシーを利用した。
そして、厳冬の屈斜路湖、摩周湖の雪の情景を鑑賞したが、私達は冬の北海道はたびたび体験し、
それなりの防寒服を着たりしているので、マイナス10度ぐらいは心身順応出来るのである。

少し驚いたのは、紋別に宿泊する前、蟹(カニ)食べ放題の夕食となり、
私は地酒を呑みながら、それなりに奮闘して頂いたが、
やはり蟹は毛蟹を一杯だけ頂き、ゆっくりと熱燗の地酒を呑むのが良い、
と感じたりしたのである。

そして、宿泊のホテルの部屋に戻ると、
テレビで紅白歌合戦の番組の中で、中島みゆき女史が『地上の星』を唄っていた・・。
後年、伝説となった黒部の極寒の坑道の中で、唄いあげたシーンであった。

私はファンのひとりであったので、この夜の夢は何故かしら、
みゆき様が私の方を見ながら微笑んでいたのである。


翌日、元旦の朝、稚内を目指して、オーホック海沿いの道をバスは長らく北上し、
私は冬の海の景観を眺めたりした。
そして宗谷岬に午後の3時過ぎ到着し、付近の海岸沿いを散策した。
この後、日本の最北端の駅である稚内駅を観たりした後は、高台にある神社に初詣をしたりした。

そして、市内のホテルに宿泊した後、
札幌を目指して、粉雪舞い降る中。日本海を眺めながらバスは南下した。

旅の終わりの寸前、郊外の根雪となった羊が丘で散策している時、
札幌の市内の灯りが満天の星のように観える中、
お正月の旅行も終ったね、と私は家内と笑いあったりしていた。

この後、私はまもなく『根雪』の歌が心の中で流れたのである。

私は1970(昭和45)の春、ある大手の民間会社に中途入社し、
まもなく新設されたあるレコード会社に転籍させられた。
その後、レコード業界は、業界全体の売上げピークは1998(平成10)年で、
デパート業界と同様にかげりが見え、
この前後に各社が社内業務の見直し、組織の大幅な改定、グループ会社内の統廃合、
そして資本による合併などが行われたりした。

これに伴ない、正社員のリストラが行われ、人事配置転換による他部門の異動、出向、
早期退職優遇制度により退職が行われた。

先輩、同僚、後輩の一部の人が、第二の人生を選択し、早期退職優遇制度に申請を出され、
私も出向となり、取引会社のひとつの物流会社に勤めた。

私が定年を迎える頃まで、いくたびかリストラが実施され、
長年苦楽を共にした先輩、同僚、後輩たちと別れを告げたりした。
そして、出向の物流会社も何度かリストラで、お世話になった方たちの送別会に出たりした。

私は出向先で、人員削減の荒波から退避したような立場となり、
心身とも辛い日々を過ごしていたのである。

こうしたことが札幌の街並みを眺め、思いだされてきたのである。

♪町は 毎日 冬
 どんな服でかくしてみせても
 後ろ姿 こごえてる
 ひとり歩きは みんな 寒い
    (略)
 いつか時が経てば
 忘れられる あんたなんか

【『根雪』 作詞・作曲・中島みゆき、編曲・福井 峻、唄・中島みゆき 】


私はやむえず業界から立ち去った先輩、同僚、後輩の一部の人たちが浮かび、
愛惜感でいっぱいだったのである。


尚、『根雪』の歌は、中島みゆき女史のオリジナル・アルバムの五枚目の『親愛なる者へ』と題された中の五曲目収録され、
1979(昭和54)年3月に発売されている。
レコード盤で表現したら、A面の最後の曲となる名曲である。
そして、少なくとも私は百回以上は聴いて、私の心の歌のひとつとなっている。

                              《つづく》

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コメント (1)
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