「儲かりまっか?」「ぼちぼちでんなぁ^^;」
こんな場合の「ぼちぼち」は、概ね期待通りに儲かっているに違いない^^; 「さっぱりですわぁ^^;」と応えが返って来たところで、本当に「さっぱり」ならば続けたりはしない。(まぁ、何とかやり繰りがついていると思うのが妥当である。特に今日は、4月1日エープリルフールなのだから…。)美味い儲け話ではなくても、続けざるを得ない場合もある…当面の生活費を稼ぐためにはと割り切った上でね。
さて、銀座の居酒屋で厚生省官僚が送別会を深夜まで開催して顰蹙を浴びている。「国民にお願いをすべき立場にある側が…。」「国民に範を示すべき立場にある者が…。」とここばかりにと責め立てられておりますが、自分に甘い『おやじぃ』は、許しちゃおうかなぁなんて考える。「コロナウイルスは8時以降に活性化するの?」「お昼の会食は安全なの?」と元々、根拠に乏しい自主規制であるから、「やらせていること」「やっていること」それぞれがチグハグなのである。ならば、酒は?気付かぬ内に音量が高くなり、飛沫量が増えることは確かであるけれど、それは感染者が居る場合であって、家に真っすぐ帰ったところで、感染していたなら家族に移す可能性もある。酒量も時間も節度の問題である。(と、二日酔いを繰り返している『おやじぃ』が言える立場にはないのである^^;)
さて、4月1日であります。
「大過なくすごさせていただき、大変お世話になりました。」なんて、昨日退職したはずなのに、今日からまた嘱託(定年延長)という形で、同じ組織で働くと言うのも如何なものか?(自分には経験がないから分からない^^;)友人『イチオ君』は、定年退職の挨拶状を出すか出さないかで悩んでいるようだ^^; 「働く場所は違えど、同じ事業所に勤めるのだから、退職の礼状も無いだろう。再雇用で異動は無いだろうから、以前いた職場や送別してくれた後輩に礼状を出すなら分からなくもないが…。」と『おやじぃ』の所感は述べさせていただいた。印刷の杓子定規の礼状なんて、頂いたところでほかってしまうのが必定である…一人ひとりに、世話になった思い出を認めるなら別ではあるけれど^^;
送別会を開催した官僚も『おやじぃ』も、そして、新入学の学生さんも早く「自分の居場所」を見つけることが大切である。酒を飲んで「心地良い場所」を求めるのは、本来の「自分の居る場所」がないための所業ではないかい?「課長」のひと声で宴会を段取りさせられた部下も可哀そうである。入学、入社ガイダンスでいち早く友人との交流の場を探すべきなのに、「リモートでやれます。」なんて言われたら、昭和世代はさびしいわ^^;
「お父さんひとりで、居酒屋は救えません!」とオッカーにはたしなめられそうだけれどね(笑)