草の葉の陰に、鮮やかなオレンジ色が舞った。前翅の縁に黒い斑紋、中央と後翅には目玉のような紋様がクッキリと浮かんでいる。
俄かに、ときめいた。中国南部からインド、ボルネオ島、セレベス島など東南アジアに広く分布する草原性の蝶である。
温暖化に伴い、1960年頃から大隅半島から宮崎県の海岸沿いに北上を始めた。
勿論当時の北部九州では「迷蝶」と位置付けられ、稀に見る珍蝶だった。2000年夏に福岡市西区で初めて定着が確認され、同年9月21日付け地元紙西日本新聞の夕刊のトップを飾ったことがある。
3年前の2014年3月、九州国立博物館裏の散策路で初めて出会った。昆虫少年のなれの果ての心を騒がせた、自分史に残る貴重な出来事だった。そして、翌4月に再び出会って定着を確信したのだった。
四国や本州では、いまだに稀に見る「迷蝶」とされているが、もう北部九州には完全に定着したのだろう。
太宰府政庁跡にほど近い古刹、観世音寺裏の畑地の脇の草叢だった。
季節の変わりは激しく、乱高下する気温に負けて例年通り風邪を引き込み、しつこい咳に苛まれていた。薬効がきつく、深い咳は治まったものの全身の倦怠感が抜けず、鬱々の日々を送っていた。やたらに眠たい。テレビを見ていても、本を読んでいても、いつの間にか睡魔に襲われて我を失っている。
外出するカミさんを送った序でに、気分転換しようと観世音寺に詣り、秋風の中を少し歩いてみた。そろそろコスモスが咲き始め、ヒガンバナは早くも盛りを過ぎようとしていた。その真っ赤な彼岸花の蜜を吸うキアゲハがいる。
友人の畑には、ハナオクラ(トロロアオイ)が薄黄色の美しい花を咲かせていた。月下美人と同様、見た目の美しさだけでなく、さっと湯通しして甘酢で食べると、極上のとろみが舌に優しい珍味なのだが、友人は以前勤めていた文化財を修復する仕事の関係で、ハナオクラの根を採るために育てているという。
根から抽出される粘液を「ネリ(糊)」と呼び、紙漉きの際にコウゾ、ミツマタなどの植物の繊維を均一に分散させるための添加剤として利用される。日本ではガンピ(雁皮)という植物を和紙の材料として煮溶かすと粘性が出て、均質ないい紙ができたといわれ、それがネリの発想の元となったという説がある。
(これは、ネットからの受け売りである)
強くなり始めた日差しが煩わしくなり、汗を拭いながら引き返そうとしたときに、緑の中をオレンジ色の光が飛んだ。3年ぶりのタテハモドキとの再会だった。
「虫好きな人には、虫が寄ってくるんだね!」
いつか誰かに言われた言葉である。こんな嬉しい邂逅があるから、やはり虫好きはやめられない。今年の巡り合いはベニイトトンボとタテハモドキ、これで今年の夏は十分報われた。焼き尽くされた烈日の日々は、もう遠い記憶になりつつある。
ゆっくりと観世音寺に戻る秋空は、スッキリと晴れ上がっていた。
駐車場の木陰に黒い車が思わせぶりに2台寄り添って憩い、その向こうに、開き始めたコスモス畑が広がっていた。やがてこの辺りは一面色とりどりのコスモスの海となる。
確実に、秋が深まっていた。
(2017年9月:写真:葉陰に憩うタテハモドキ)