蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

蘇る逸品

2018年11月03日 | つれづれに

 ……東南アラスカ・州都ジュノーの鉛色の空を、王者の風格を見せて白頭鷲が雄渾に舞った。期待していた野生との出会いの一瞬が、こんなに呆気なく実現するとは思いもしなかった。胸の奥で一気に弾けるものがあった……

 ……だからこそ、梢の先で静止する姿や、堂々とした滑空を見せてくれた白頭鷲は素晴らしかった。眼下の観光客のざわめきを俯瞰しながら、彼等はいったい何を思っていたのだろう……

 もう13年前になる。ルビー婚(40年)を記念して、116,000トンの『ダイヤモンド・プリンセス号』に乗り、東南アラスカのインサイド・パッセージを楽しむ10日間のクルーズに出掛けた。その時に出会ったハクトウワシの印象を綴ったブログの一節である。

 それ以前、もういつの頃だろう?次女が真鍮製の一つのバックルを送ってくれた。ハクトウワシ……「AE」と刻印があるから、アメリカのカジュアルブランドAmerican Eagleの製品だろう。
 アメリカの国鳥であり、国章(国璽)にもあしらわれている雄渾な鷲で、翼を広げると2メートルにもなる。何故か描かれるのはいつも横顔……前から見ると、迫力に欠けるかららしい。確かに少し滑稽で可愛らしく、猛々しさがない。
 友人の知り合いの革職人に特注して、ジーンズ用のベルトを作ってもらった。複雑な模様を掘り込んだ見事な逸品が出来上がった。2万円のところを、友人価格の1万円でいいという。以来、私の秘蔵・自慢・愛用のベルトとなった。
 夏場は誇らしく見せびらかし、冬場はトレーナーを着ていると隠れてしまうが、その分擦られて黒く染められた白頭の部分に美しい銅色(あかがねいろ)の輝きが出る。

 しかし、20年余の歳月が、ベルトの革をすっかり傷めてしまった。着脱式のベルトで、日本では同等のベルトを見付けることが出来ないままに、タンスの中に眠って数年になる。
 ふと、3年半前に訪れた武雄温泉の宿の傍らに、皮革専門店があったことを思い出した。全て手作りで、カミさんにハンドバッグ、私は子牛の革を使った二つ折りの財布を求め、ネームを焼き込んでもらった。
 そのケアを含め、今回の湯治旅のついでに寄ることにした。これが、この旅のもう一つの目的だった。

 二つ返事で特注を受けてくれた。複雑な掘り込みは出来ないが、材質のいい牛皮の合わせ革で作るという。新しいうちは浅い革色だが、使い込むうちに深く濃いあめ色に変わっていく。3年半前の財布も、いい色になった。もっともっと濃くなる。7000円+レターパックプラスの510円。武雄温泉通入り口にある皮革専門店は、「バッグショップ・サム」という。

 一夜の湯治を終えて帰った翌日、手書きの手紙を添えて新しいベルトが届いた。シンプルだけに、ハクトウワシの炯々たる眼光が冴える。秘蔵の逸品の復活だった。
 このベルトが濃いあめ色に染まるまで、私は元気で生きていなければなるまい。

 日本晴れの「文化の日」になった。暖かな日差しの下、このベルトを締めて気功教室に向かうことにしよう。何か、嬉しい!
                  (2018年11月:写真:蘇った白頭鷲)