天気予報が当たって、午後3時ごろから晴れ間が見えてきた。午前中の雨のおかげで仕事ははかどった。聖火リレーが始まったらしいが、遠い世界のことのように思えた。宮城県も愛媛県もコロナウイルスの感染が拡大しているし・・・。地震だって起きたばかりなのに。でも、目標が出来れば、みんな元気になれるというからいいのかな。
今朝、和歌山のサッカー友から八朔が一箱届いた。がんで治療法がもうないという方だ。どう受け止めていいのわからず、陶芸で作った桜を彫りこんだ陶灯をお送りした。桜を見ているようで癒されますと、喜んでくださったようだ。でも、その八朔を見ると涙が出た。「こんなこといいのに・・・」と。でも、少しでも癒されるものなら、これからも作っていきたいと思った。ほかの植物にはないやすらぎがさくらにはあるようだ。
昨夜、親友と話したが、私はサッカーそのものはそんなに好きでないのかもしれない。(こんなことを言うとサッカー友たちには叱られるが)つまり、中田英や中澤が好きだからサッカーを見たというか。親友もそうだという。何かが(誰かが)好きだから、それに関することに興味やらをもって生きていくタイプなのだろう。主体性はない。そういうエネルギーで生きてきていたようだ。
今もそうだが、なにかエネルギー源があるから、ちゃんと生きていける気がする。何か立派なことをしてきたわけでもないし、むしろダメな人生だったが、少しは誰かのために生きてきた気がする。これからも。