著 者 柳 美里
出版社 第三文明社
定 価 1,650円
amazone
何と心温まる本だろうか。”人間ていいな!” ” 人生は素晴らしい!”という思いが素直に湧いてくる。
東日本大震災の被災地南相馬に移り住んでからの5年間を綴ったエッセイ47編。被災地の人々との交流や我が家族との日々が、時に熱く時に苦しく時に希望溢れる未来となって心に迫ってくる。
ここに収められた一つ一つの世界が、なんと貴重で繊細で印象深いことか。それはきっと、著者の強い覚悟と高い見識と豊かな表現力によるものだからだろう。
著者は書く。
「わたしは四十七歳にして初めて自分を生活者として位置付けている気がします。いま、小説に書きたいのは、日々繰り返される生活です」
「傷つき、痛み、苦しみ、悲しんでいる魂を感知する。魂に触れ、魂の脈をとる。脈を聴くことに心を集め、痛み、苦しみ、悲しみを引きうける。わたしは、苦痛や悲しみから魂を解き放つよう物を書きたい」
「2011年3月11日から、わたしは自分の重心を自分の外に置いてきました。自分が場所や人を選んだのではありません。臨時災害放送局で、六百人のお話を収録する中で、他社との偶発的な出遭いが次々と生じて、その縁に引き寄せられるように鎌倉から南相馬に転居して、本屋を開き、芝居を創ってきました。自分が語る言葉ではなく、自分が聴く言葉によって導かれたものといます」
著者は考えた。
どうしたら自分が住む小高地域に「暮らし」と「賑わい」を取り戻せるだろうかと。縁あって講演や教壇に立った小高産業技術高校の生徒、保護者、教職員の皆さんに必要なものは何だろうかと。考え抜いた末に行き着いたのは書店だった。そして、作家が経営する前代未聞の本屋を開店する。
この《フルハウス》の開店一か月のベストセラーは次の通りだった。
『貧困旅行記』つげ義春
『「待つ」ということ』鷲田清一
『東北学/もうひとつの東北』赤坂憲雄
『写真』谷川俊太郎
『詩のこころを読む』茨木のり子
『悲しみの秘義』若松英輔
『おばけのバーバパパ』アネット・チゾン
『ざんねんないきもの事典』今泉忠明
『わたしが正義について語るなら』やなせたかし
『死なないでいる理由』鷲田清一
『倉本美津留の超国語辞典』倉本美津留
『長いお別れ』中島京子
『縄文の思想』瀬川拓郎
『幼年の色、人生の色』長田弘
全国的なベストセラーとは全く異なっており、著者は「この地が地震、津波、原発事故によって大きく傷ついた地域」とコメントしている。
15年前に逝った伴侶東由多加氏のこと。猫との生活。落款にまつわる因縁。北アルプスでの遭難未遂。三陸鉄道の縁、などなど。一編一編の陰影に富んだ生活の描写は読むものを飽きさせない。
著者に、多くの誤解を抱いていたことをお詫びします。トラブル・メーカーで尖がった人というのが私の抱いていたイメージでした。覆りました。著作をもっと読んでいれば起こりえなかったことです。
最後に、著者にこの言葉を贈って感謝の心を表そう。
「良い本との出会いは、自分の「こころ」に触れることができるから」。この作品の中で綴っている言葉です。