太平洋のまんなかで

南の島ハワイの、のほほんな日々

ノースダコタから来た少年

2011-11-22 09:28:23 | 日記
夕食の後片付けが終わりそうな頃、誰かが訪ねてきた。

夫がドアを開けて、なにやら親しそうに話をしていると思ったら、家の中に連れてきた。

入ってきたのは、金髪碧眼、お肌もすべすべのティーンエイジャーの少年で、まぶしいような笑顔で握手を求めてきた。

「おなかすいてる?」

と夫が聞くと、少年はちょっとためらってから、

「え、ええまあ・・まだ夕飯食べてないから」と、はにかんだように笑った。

「ちょうどよかった。夕飯の残りだけど食べていってよ」

3時間かけて煮込んだ、チキンのトマトシチューが一人分残っていたので、それを温めてクラッカーと一緒に出した。


少年は、美味しそうにそれをバクバクと食べ、夫と楽しそうに話し、おおいに笑った。


それにしても、この人、誰?


最初は、叔父叔母の知り合いかと思ったが(今、留守番で叔母宅にいるため)こんな若い知り合いが訪ねてくるとは思えない。

どこの出身?なんて聞いているから、夫の知り合いでもない。

盛り上がっている二人を前に、あなたは誰で何しに来たんですか、とも言えず、もやもやしながら会話を聞いていた。



するとどうやら、彼はノースダコタ出身の18歳で、ある企業のコンテストに参加しており、雑誌の講読を契約した数を競って、最優秀者には5000ドルが企業から支払われるということがわかってきた。


なんだ、押し売りじゃん・・・


聞くと、ハワイへは数日前に来て、その前はアラスカにいたという。高校を卒業したあと、大学に行くことを親は望んだけど、その前にやりたいことがあったんだと彼は言った。18歳の、今のこの感覚のままで、いろんな場所に行きたかった彼は、報奨金より何よりも、企業が交通費も宿泊も負担してくれるこの企画が魅力だった。

始めてみたら、それはもういろんな種類の人達に出会い、それはさまざまな土地に行けることと同じぐらい魅力的だった。

「テキサスだったかなあ、不審者と間違われて銃を向けられたことがあって、あれが一番怖かったなー」

前後ろ反対にかぶったキャップから、金色のきれいな巻き毛が完璧な具合の外カールで見えていて、目は澄んで、食べ方もとても上品だ。

ふと少年が、

「無理に購読しなくたっていいんだからね。断っていいんだからね」とつぶやくように言った。





夫は、自分が19歳のときにバックパッカーで諸国を回った話や、33歳の誕生日にスカイダイビングをしたことなど次々と話し、少年はじょうずに相槌を打ちながら聞いている。

夫は彼のような自由な若者が大好きだ。

「できることなら今でもバックパッカーに戻りたいくらいだよ」と言って笑ったけど、まあそれは本音なんだろう。



購読する雑誌は、50種類ぐらいの中から選べるようになっていて、夫は自分用にサーフィン雑誌を、叔母へのクリスマスプレゼントにワインの専門誌を注文した。

代金はその場で現金で支払い、書類と控えをもらった。

「僕も今度は、バックパッカーで外国に行ってみるよ」1時間後、少年は、あふれるような笑顔を残して元気に帰って行った。



「ねえもしこれが詐欺で、雑誌がこなかったら?」

私は意地悪な質問をしてみた。

「雑誌は来るさ。でも来なくてもいいさ」

夫が一人旅をしていた時、どこの誰ともわからぬ自分に、やさしくしてくれた人がたくさんいたという。

ここがハワイじゃなく、ニューヨークやシカゴだったら自分は同じことをしたかわからないけど、彼に感じた自分の感覚を信じるよと言った。



「ファーゴ」という映画があって、それは冬のノースダコタが舞台である。

空と大地の境すらわからないぐらいの雪世界で、深い深い冬が続くあの街で少年は生まれたのだな。

「クリスマスでもサーフィンができるハワイは天国だなぁ」

目を輝かせて言った少年の名前は、ジョリイ、といった。

夫は窓から、夜道を去ってゆくジョリイの姿をしばらく見ていて、フッと笑った。

嘘でも、本当でも、どちらでもいい、私もそんな気持ちになった。