2019年4月19日、「アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律」が成立した。アイヌ民族を「先住民族」として初めて明記した法律である。これまでの「アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する知識の普及及び啓発に関する法律(アイヌ文化振興法)」(1997年)に代わるものである。振興法は1899年に成立し、どれまで存続し続けていた、アイヌ民族の存在そのものを否定した「北海道旧土人保護法」を廃止して成立した。アイヌ民族の存在を明記し、その文化と伝統の尊重を目的としていたが、アイヌ民族が求めた「先住権」については盛り込まれず、先住性について付帯決議で触れるだけであった。
2007年に国連総会で、「先住民族の権利に関する国連宣言」が採択された事から、2008年、国会(衆参)は「アイヌ民族を先住民族とする事を求める決議」を採択した。それは、➀アイヌの人々を日本列島北部周辺、とりわけ北海道に先住し、独自の言語、宗教や文化の独自性を有する先住民族であるとして認める事 ②高いレベルで有識者の意見を聴き、アイヌ政策をさらに推進する事、の2点を、政府に要求した。それに対し政府は、「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」を設置した。メンバーの1人には北海道ウタリ協会(2009年に設立当初の名称北海道アイヌ協会に改称)の加藤忠理事長が入った。
2009年には、上記懇談会が報告書を発表した。それは、「明治以来、北海道で展開された様々な差別政策が、アイヌ民族を疲弊に追い込み、今日の格差や差別の土台となった。たとえば、アイヌ民族は土地所有の権利が否定され、入植者に対して施された土地給付政策から排除された」などとしている。そこで、「アイヌ政策推進会議」(現在の座長は菅官房長官)が設置され、2011年6月には推進会議作業部会報告書が発表された。第1報告書では、「自然体験型の野外ミュージアムなどを含むアイヌ文化復興の拠点施設の建設」が提唱され、第2報告書では、北海道以外に住むアイヌ民族の初の生活実態調査の結果が示され、収入や教育面などで全国平均と比べて大きな格差があり、困窮している実態があきらかにされた。しかし、この推進会議には問題があった。それは、2007年の国連宣言に規定された先住権の回復保障を政府が目的とせず文化振興を目的としている事であった。先住権とは、先住民族が住んだり所有していた土地での民族自決権や自治権、土地権、山林や河川における採取・狩猟(生活)権などである。神聖天皇主権大日本帝国政府は、北海道を初めての植民地とし、そこで生活したアイヌ民族に対し日本人に同化させる政策を強制した。日本人風に改姓させ、アイヌ語の使用を禁止して日本語を強制し、その固有の宗教や習俗や文化を認めず抹殺し、狩猟・漁労の生活を認めなかった。「北海道旧土人保護法」によって「保護」と称しながら、農民化を強制し土地を給付しながら適切な農業指導も行わず、その土地に厳しい使用条件を付けるとともに、売買も譲渡も禁止し、奪い取っていったのである。現在、北海道の面積の約半分は、国有地となっており、道有地、市町村所有地も多い。オーストラリア、台湾、カナダ、ニュージーランド、米国などでは先住民族の認定と先住権とはセットになっているが、これまでの自民党政府はそのような考え方をしていない。また、安倍首相(安倍自公政府)は2019年1月の施政方針演説で「アイヌの皆さんが先住民族として誇りを持って生活できるよう取り組みます」と述べているが、それとは異なる立場をとっている。諸外国政府が実施しているアファーマティブ・アクション(差別や偏見を是正するために行う積極的差別是正政策で、差別されている対象に有利な条件を付け実質的に平等が実現するようにする事を目的とする)を実施しようともしていない。また、安倍自公政府は東京五輪開会式において、アイヌ民族の踊りを企画しているようであるがこれは他国の先住民族の置かれている状態とは異なり、アイヌ民族をご都合主義で「利用」してしているだけといえる。北海道アイヌ協会もその事の自覚が必要である。
(2019年6月1日投稿)