(冒頭写真は、6月29日に訪れた“葛西臨海水族園”にて飼育されているペンギン。)
本エッセイ集2019.08.11付バックナンバーにて、私は「一人旅に出たペンギンくんの物語」と題して、2012年に公開した同題目のエッセイを再掲載している。
それの一部を、今一度掲載させていただこう。
ボクは葛西臨海水族園で飼育されているフンボルトペンギンのオスで、まだ1歳なんだ。
早春3月のある日、ボクは水族園ペンギン飼育空間後部にある大きな人工岩山に登って遊んでたんだよ。
その岩山の高いところまで登り着いたら、お外が見えたのさ。
そこには今まで見たこともない大きな大きな海が広がっていたんだ。
わあ、すごいな~~! あんなところで泳いでみたいな~!
なんて思っていた途端に足を滑らせて、気がついたらボクは水族園の外の道路に落ちてた…
体は痛いし、困った事になったなあと思いながらも、海の匂いに誘われてボクは痛い体を引きずりながら海の方向へ急いだのさ。
そしたらいつもの水槽とは大違いで、海ってほんとにびっくりするぐらい広くて大きいんだよ。
こんな広いところで泳げる!と感激して、夢中で泳ぎ回ったのさ。
いつも周囲にいっぱいいる仲間もいないから、飼育員さんがくれるエサの奪い合戦を繰り広げなくていいし、生まれて初めて経験する自由を満喫したよ。
でもおなかが空いて、ちょっぴり不安になったんだ…。
そんな時、お魚を発見したよ! パクッと取って食べてみたら、これがいつも飼育員さんがくれるエサよりもずっとずっと新鮮で美味しいんだ! もう癖になっちゃって、それからは狩猟の毎日さ。
潮に流されて川へも行ったよ。 そしたら、ボクの写真を撮る人が結構いたよ。 写真のモデルになることは水族園で慣れ切ってるから、へいっちゃらってものさ。
寝るとこもボクなりに見つけて毎日暮らしていたんだけど、ちょっと危ない目にも遭いそうになったよ。 例えばボクより大きなお魚に出会ったり、漁をしている船の網に引っかかりそうになったりとかね… そんな時には全力で逃げたよ。
(水族園に戻った後で飼育員さん達が話しているのを聞いたところ)ボクが一人旅に出た辺りは東京湾だったようで、そこは結構海水がきれいなため美味しいお魚がいっぱい取れる環境だったみたいだよ。
だから、ボクは元気に海や川で暮らせたのさ。
でも、さすがに一人旅の寂しさが身にしみ始めたんだ……
ここでちょっと、左都子お姉ちゃんが写した冒頭の “ヘボい” ピンボケ写真を見てよ。 (古い携帯写真につき、再掲載不能です。あしからず…)
上部の写真はボクが水族園に帰った日の5月24日に行徳橋付近で映された様子なんだけど、とても寂しそうでしょ…
下の写真は、その情報を得て駆けつけた水族園の係員がボクを連れ戻そうと必死になっている風景だよ。 係員の人もボクがびっくりして再び海に戻らないように時間をかけて少しずつ近づいて来てくれたから、ボクは水族園に帰れたんだ。
その後、ボクはまた葛西臨海水族園のペンギン飼育空間で元気に過ごしているよ。
少し一人旅をしてきた身としては、また集団飼育生活に十分に慣れるまでにしばらく時間がかかるとは思うけど…。
でも、水族園で飼育されている一ペンギンでありながら、勇敢にも“一人旅”外遊をした立場として少し思うこともあるんだ。
生物体にとって何が幸せなのだろうかと…
ボクはたまたま岩山を登り切るという冒険心と体力があったから“一人旅”が出来たと思う。 でも、確かにそれをすることで命の危険もあったよね。
ボクが旅に出た地域が大都心に位置する海だったし、ボクが元々住んでいた水族園もその地にあったからこそ、係の人達がいろんな情報を収集できてボクは今回葛西臨海水族園に戻れたのだとも思う。
どうなのだろう。 ボクは水族園に戻れて幸せなのか? それとも“一人旅”で天敵に遭うことも覚悟した人生を全うするべきだったのか??
左都子お姉ちゃんもよく分からないなどと言いつつ、「悲しいかな、元々水族園で飼育されたことがペンギンくんの人生を決定付けていた」 などと言いたげだけど……
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上記物語は、原左都子が昨日(2012年6月26日)葛西臨海水族園を訪れ “脱走ペンギン” に関して収集した情報、及びその周辺立地を我が目で視察確認して綴ったフィクション内容であるため、事実とは多々異なる点があろう点をお詫びします。
ここで、葛西臨海水族園館長名で公開している“お詫び”文書の一部を紹介しよう。
“この度は貴重な飼育動物を脱走させる事となり、深くお詫び申し上げます。 幸いに5月24日、職員の手によって脱走より82日ぶりに無事捕獲する事ができました。…”
私見の結論を述べるが、人間の勝手な論理や都合により自然界で生き抜いている動植物を捕獲して人工飼育とする場合、せめても日々細心の注意を払ってその責任を全うするのが捕獲された動植物の「命」に報いるということではあるまいか。
甘い思考の下での人工飼育など、許されるはずもない。
(以上、2012年公開のバックナンバーを再掲載したもの。)
話を(2019.08.11)時点に移そう。
(2012年当時は娘のサリバンとしての負担が少し軽減したこともあり)、博物館や美術館等を頻繁に訪れ、その時々に観賞した美術展等の書評を「原左都子エッセイ集」内に数多く公開している。
その中でも、この葛西臨海公園にての「フンボルトペンギン脱走事件調査」は私としても異例だった。
それ故に今でもこの時の事をよく覚えている。
平日で来園者が少ない中、自由に“調査活動”が出来た記憶が新しい。
厳しい私論で締めくくったエッセイだが、それは脱走したペンギンくんが脱走中に置かれていた諸環境の厳しさにもかかわらず、生きて元気に水族園へ戻れた事態に心より感動した“裏返し”の感情だったかもしれない。
ペンギンの寿命とは何年くらいなのだろう?
今スマホにて簡単に調べてみると、20年程度と記載されている。
という事はあの時脱走して生還したペンギンくんは、未だ葛西臨海公園で元気に生きているかもしれない!
今度、その姿を見に行ってみようか! との楽しみがまた出来たぞ!!
(以上、2019.08公開のバックナンバーの一部を再掲載したもの。)
話題を現在に移そう。
写真は、先だって“葛西臨海水族園”へ訪れた際に、ペンギン池を泳いだり、巣の岩山に集まるペンギンたちを撮影したもの。
我が感覚として、2019年に訪れた際より、随分とペンギン数が減少した気がする。
何だか寂しげなペンギン池近辺の風景だった。 (あるいは、岩山の巣でお休み中だったかな??)
ところで、今回何故“コロナ禍”下に於いて、わざわざ“コロナ整理予約券”をネットでゲットしてまで彼の地を訪れたのかと言えば。
その第一目的は、当該“脱出フンボルトペンギン”くんのその後の様子を調査したかったからに他なら無い。
にもかかわらず、私はペンギン池近辺にペンギン飼育係員がいないことを残念に思いつつ、その確認を成さぬままに、のこのこ帰宅してしまったのだ。
後で思い起こせばそのチャンスはあったはずだ。 インフォメーションで確認する等々… 元科学者の端くれにして老化現象にも程がある、と自分を責める日々だ。 😫 (コロナ対策で、是が非でも通勤ラッシュ前に帰宅せねば! と焦っていたこともあるが…)
救いは、上記我が調査によればフンボルトペンギンの寿命は20年ほどとのこと。
2012年に脱走し無事水族園に帰還したペンギンくんは、当時1歳だったとのことは!!
未だ9歳の若さではないか! 現在おそらくバリバリの青年域かもしれない。
我が希望的推測だが、一番元気が良かった冒頭写真のペンギンこそがあの脱走ペンギンであって欲しい。 😊 (^∧^)、オ、ネ、ガ、イ ……