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随筆  師の思い出というもの   文科系

2015年07月18日 14時01分37秒 | 文芸作品
 ある日連れ合いと、こんな話が始まった。僕らは激しい喧嘩も度々するが、こういうこともよくしてきたのである。想い出に残る師の言動というものだ。

 話はまず、ずっと高校教師をしてきて、退職後10数年経った連れ合いが最近体験したこんなことから始まった。連れ合いの新任の頃の生徒で、その後も連れ合いのために折に触れてなにくれとなく非常によくしてくれる生徒が、その原因となった思い出を語ってくれたという。「学校に通う時、あるバス停で待っていると、先生がこんな声をかけてくれた。『このタクシーで急ぐから、貴方も乗りなさい』。こういうことが二度あったのだが、私には鮮烈でした」。こんな話は勿論、教師の方はもうとっくに忘れているもの。でも、一個人としての「この先生」の人柄のナチュラルさ、良さとして、生徒の脳裏には強く残っているんだねー、ということになった。

 そこで僕が話したのは、これ。僕がずっと尊敬してきた大学教師、哲学者の二つの話である。
 先ず一つは彼が、大学院生だったかの頃のこと。治安維持法に引っかかって長く京都の拘置所だったかに留め置かれ、初めてシャバに出て来て出会った時に、二人の恩師が取った対照的な言動の話だ。一方の、西田幾太郎氏は出会った途端に身近に飛んでくるようにして、こうたずねたという。「M君、身体は大丈夫だったか?」。これに対して他方の田辺元氏はこう語ったのだそうだ。「M君。沈香も焚かず、屁も放らず。分かるな?」。この違いは、これほど鮮明な対照はないというほどに、説明不要のものであろう。
 今一つはこれ。この恩師が福知山の尋常小学校の頃の話である。社会科の授業だったかで、新しい担任の先生が「村落」を「ムラオチ」と読んだ。M先生、散々迷った揚げ句に、手を上げて(多分口籠もりながら)誤りを指摘したと言う。当然、静寂と沈黙。当時の先生という存在は「三尺下がって、師の影を踏まず」、それほどに偉いのである。が、この先生、やがてきっぱりと顔を上げて、こう語ったそうだ。
「先生が誤りを犯した。M君が正しい。僕もこれからはこういう誤りを犯さないように一生懸命勉強するから、君らもみんな、M君のようにしっかり勉強して欲しい」
 すばらしい話だと思う。戦前を少し知っている僕だから、特にそう思う。また、このすばらしさが理解できたからこそ、M先生は終生これを覚えていて、大学の生徒にも話したということなのだろう。
 
 さて、最後の話は担任ご当人にとっても特別な話だろうが、他の話は教師自身、以降はもう覚えてはいまい。すべて自然に出た言動だからである。師が全く自然にやった事が、子どもには終生、鮮烈に残っていることがある。M先生はこんな解説を付け加えてくれたと記憶している。
「教師が何をどう教えてくれたかなどはすべて忘れてしまっても、その何気ない人としての自然な言動こそが子どもの心に好悪両様の学びとして、ずっーと、深く残っているということがあるものです。その残像こそ、人として最も大切な事を教えてくれる。教育って、そういうものではないかと考えてきました」
コメント (2)
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『「友人の麻生君が・・・」の元祖?・谷内正太郎氏』の続き  文科系

2015年07月18日 00時11分30秒 | 国内政治・経済・社会問題
 昨17日にエントリーした中日新聞記事・谷内正太郎氏発言の大元、初紹介は、2013年1月10日の拙エントリー。これに関わってその時のエントリー・コメントでもまた、我が敬愛する1970氏とこんな討論があった。その最後の部分のみ、ここに紹介しておきたい。この論議も、今の情勢を振り返れば、極めて大切なものだと愚考する。以下、中にほんの一部、今回加筆したが、修正はない。

【 後方支援さえもダメだし・・・ (文科系) 2013-01-12 22:15:44
 17970さんへ
 あなたの主要な言い分、この部分は全く納得できません。
『つまり、日本が意気がって集団的自衛権やりますと言っても特に必要とされない。
 後方支援なら今まで通りの拡大解釈で可能だからそれでいいんじゃないか。』
 後方支援を行ったイラク開戦がうその理由でなされたとは、今はもう厳然たる史実。この落とし前を、アメリカも日本政府も国民に対して何もつけていないではないですか。心ある国民は、許せないことのはずだ。こんなことをした国の戦争には、今後は後方支援も認められないということです。認めてよいと変わりうるような侘び、今後への保証など何かありましたか。
 それどころか、こういう国と安保条約を結んでいること自体が今は大問題。世界に嘘をついてまで戦争を引き起こし、それに巻き込まれる可能性が出てきたということですから。

 さらにまた、後方支援以上のことも当然要求されるようになるはずだ。日本の財力目当てに若者を戦場に借り出すことを狙って、アメリカこそが影で9条を変えよと画策していると僕は見ていますね。政府負債でさえ1500兆円を軽く超え、家計黒字が1500兆円もある日本に対して家計借金まで入れたらかの国の赤字は一体いくらになるのやら。そんな負債を抱えたあの国は、もうダメだ。だからこそなりふり構わないのだということも忘れてはならないと思います。
 それで僕はこういった。泥舟と共に地獄まで沈むのか、と。冷戦が終わった時に軍事から経済に金を回さなかったから、イラク戦争も起こったのだと、僕は見ていますね。そういうことを20年も続けたら国は疲弊しますよ。要は、産軍複合体とヘッジファンドに食い尽くされた国でしょ? 貧すれば国だって今時人と同じで、何でもやるということでしょう。】 

【  Unknown (1970) 2013-01-13 04:00:07
 幾ら文科系さんが後方支援も認められないと声高に言っても、実際そういう状況になれば、後方支援は行うでしょうね。
もっとも、文科系さんが世論をリードし、そうならないような空気を作ることが出来れば、それはそれで素敵なことだと思いますが。
今日も報道で嘉手納に最強戦闘機F22配備の報があったが、領空、領海侵犯を繰り返す中国には日米協同で圧力を掛けないと何処までやりたい放題になるか分からんからね。
震災の時にはトモダチ作戦で世話になったが尖閣問題でも米軍の力は借りておかないと。
そういえば、フィリピンも日本へ巡視船売ってくれと話がきていたような。
中国も少し大人しくなればいいんだが。 】

【 1970さんへ  (文科系) 2013-01-13 09:53:13
 お返事を有り難うございました。それも、論の違う相手にちゃんと心も礼も尽くされた物で、感謝の念も大きかったです。
『幾ら文科系さんが後方支援も認められないと声高に言っても、実際そういう状況になれば、後方支援は行うでしょうね。
もっとも、文科系さんが世論をリードし、そうならないような空気を作ることが出来れば、それはそれで素敵なことだと思いますが』
 まーこういう希求がこのブログに時間を使ってきた動機でした。僕としてはこの動機が認められたような気がして、嬉しいことです。週延べアクセス3,426人というのがこのブログ過去のささやかな最高数ですが、これを超えていくように頑張ります。なお、ここの読者は閲覧数が多くって、週アクセス累計3,426人というこの11年5月の週は1週の閲覧数累計18,306面でした。昨日までの一週間は、同2,086人の7,360面です。ありがたいことに、何面も読んで行かれる熱心な読者が多いということと、受け取ってきました。(ちなみに、アクセスが少々減ってきた現在でも、閲覧数は週累計1万を時に超えます。ここに来る人はそれだけ熱心にあちこち読んで行かれるということでしょう。ーーこの部分は、2015年7月本日現在の追加です)

 昨日の中日新聞夕刊文化欄に名古屋市立大学伊藤恭彦教授(政治学)への長い対談報告があって、こんなことが書いてありました。
『五百年後の世界史の教科書。そこにはこんな記述があるかもしれない。「20世紀から21世紀にかけて生きた人々は、人類史上最もさもしかった」と』
 弱者を顧みないどころか、これをうち捨てていくグローバル新自由主義経済のことを言っているのでしょう。いわゆる古典派の自由主義経済学の方が、まだ遙かにましと言っているようにも聞こえます。
 人間にはまー、現実ばかりではなく、こういう視点も大事だと考えてきました。500年と言わずもせめて50年後の世を構想した視点等を備えた「現実を踏まえた意識的動物」のつもりなんですが。お手元におありでしたら、読んでみてください。 】

 関心のある人は、こういう関連部分、過去ログも読んで下さいね。
コメント (8)
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