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随筆紹介  遠い日    文科系

2017年05月31日 09時56分51秒 | 文芸作品
  遠い日   S・Yさんの作品です


 町はずれの小さな無人駅に降り立った。
 ここはずいぶん前に私が通学、通勤に使っていた駅で、あれからじつに半世紀ぶりになるだろうか。むろん当時とは様変わりしている。会社勤めを辞めて他県へ嫁いでからは、この駅の周辺にさえも来ることはなかった。改札はIC仕様になっていたが、当時はたしか駅近くの雑貨店で電車の切符を売っていた。当然その店はなかった。

 駅のホームを歩きながら辺りに目をやれば、近くの山々や田畑も昔見慣れた光景だ。桜が終わり、新緑のいい季節。思いっきり深呼吸すると、懐かしい匂いがした。
 母がこの地の老人施設に入所した。九十をとうに過ぎた人が、長年住み慣れた家を出されて急激に環境が変わってしまい、戸惑ってはいないだろうか。呆けはしないだろうか。そんな不安から母のもとに通い出したのだった。そのとき娘から携帯に電話が入った。

 ホームのベンチに腰を下ろし、娘と会話をしながら奇妙な気持ちになってきた。
 半世紀前の女学生だったころ、私はこの駅で友人たちと夢や将来、恋愛を語り、お喋りに夢中だった。それが後年、私は幼い娘を持つ男性と結婚をし、今この駅で、大人になったその娘と電話でお喋りをしている。あのとき、だれがそんなことを予想できただろう。
 ほんとに人生は不思議なめぐり合わせに満ちている。

「私も近いうちにおばあちゃんに会いに行くね」
 娘からのやさしい言葉を胸に母の待つ施設へと急いだ。
コメント (1)
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