たんぽぽの心の旅のアルバム

旅日記・観劇日記・美術館めぐり・日々の想いなどを綴るブログでしたが、最近の投稿は長引くコロナ騒動からの気づきが中心です。

せめぎあい

2020年03月01日 18時31分56秒 | 日記
 火曜日の宝塚大劇場日帰りバスツアーがなくなってしまい気が抜けてしまっています。OTTVAの東日本大震災復興支援コンサートも中止を余儀なくされたことを知り、行く予定はありませんでしたが何か月もかけて準備を進めてきたプロセスを放送のたびにきいてきていただけに悔しいかぎりです。その先にどんな弊害が起こるかを想定し、それらに対してどんな対策が必要なのかを考えないまま切られた公演やイベントの中止、一斉休校という大きなカード。得られるはずだった収益、受け取れるはずだったお給料はどう補償されるのか。大きく報道されていないようですがツィーターで確定申告の期限が一か月延長されたことも知りました。たぶんmそのあとのことが全部一か月おそくなっていくということになるわけで、どんな弊害がこれから起こっていくのかと考えるとぞっとします。もともと社会に対する被害者意識から怒りや不満をふつふつとため込んでいる人達に明日からどんな怒りをぶつけられるのか。がめつく、自分だけよければで、義務を果たさず権利ばかり主張するのは地域性なのか、そうでもないのかわからないですが死んでやるとか火つけてやるとか脅し文句をいえばなんとかなると勘違いしていたり、人の話ちゃんときかずに自分の無理解と認識不足を棚にあげてお前はバカなのかと暴言を吐いたりする人たちが住む地域。こういうことを言われ続けているからメンタルやられている人たちばかりの職場。受け付けた人は書類に必ず名前を書きましょうって会議で言われても守られない、いや言われなくても当然のことなはずのことをやれない?やらない?人たちが多い職場。いったいどういうレベルなのかとやっぱり思わざるを得ないのですが、金曜日の終業時刻間際に役職者から4月と5月、つなぎとして臨時で引き続き同じ業務をやってくれないかと言われてしまいました。時給制?条件が落ちるのに全く同じことをやるわけにはいかないので、お昼の電話当番は考えてほしい、お給料はいくらになるのか、社保に加入できるのかなど条件をきいてから、ということに一応しましたが断った方が賢明ですかね、自分の中でせめぎあいが起こっています。求人を後悔して先週面接もやっていたようですが応募者が少なかったのか、決められなかったのか。年齢制限なしとはいっても現実にはたとえば60代の全く関連業務の経験がない、会社を定年退職したおじさんとか選べないでしょう。二か月のためにまた採用して教えなければならないのは大変だからとの話でした。どの道このまま家で暮らし続けることはあり得ない。弟との共存無理だし、駅まで自転車の道のりは車あぶなすぎてきびしい。とりわけ雨の日はほんとにつらい。また旅立っていかなければなりません。それを先延ばしにしてどうするのか。収入途絶えて社会から孤立するはつらいですが予定どおり、怒りと不満とストレスがふきだまったところからは3月末でおさらばして居場所を見つけるために動いた方が賢明なのかなあという気はします。山奥ではないですが車でしか生きていけないところでこれ以上暮らしていくことは無理だという結論に変わりはありません。時給あんまりで今と同じことはやれない。お給料わたしより多いですからやってもらわないと困るとプレッシャーかけられて耐えてきているのだから安売りなんかしたくないです。電話対応からは基本外してほしいといって許される余地があるならですが、今までの経験から雇用形態変わって待遇落ちて同じことをやるのは賢明なことでないでしょう。やめておくかな、どうしましょうかね。

「たったひとりしかない自分を、
 たった一度しかない一生を、
 ほんとうに生かさなかったら
 人間、うまれてきたかいが
 ないじゃないか。」

 (山本有三『路傍の石』)

 残り2日の有給休暇をどう使うか、木曜日また雨で気温さがるのか。無事に過ぎていきますよう・・・。

 楽しみのためにまだ死ぬわけにはいかないやね。

(画像はツィーターから拾っています。)







宮沢賢治『花の童話集』_まなづるとダァリヤ

2020年03月01日 01時23分25秒 | いわさきちひろさん
「くだものの畑の丘のいただきに、ひまわりぐらいせいの高い、黄いろなダァリヤの花が二本と、まだたけ高く、赤い大きな花をつけた一本のダァリヤの花がありました。

 この赤いダァリヤは花の女王になろうと思っていました。

 風が南からあばれて来て、木にも花にも大きな雨のつぶを叩きつけ、丘の小さな栗の木からさえ、青いいがや小枝をむしってけたたましく笑って行く中で、この立派な三本のダァリヤの花は、しずかにからだをゆすりながら、かえっていつもよりかがやいて見えておりました。

 それから今度は北風又三郎が、今年はじめて笛のように青空を叫んで過ぎた時、丘のふもとのやまならしの木はせわしなくひらめき、果物畑の梨の実は落ちましたが、このたけ高い三本のダァリヤは、ほんのわずか、きらびやかな笑いをあげただけなのでした。」