わたしとあなたは裏表~スカーレットⅠ、スカーレットⅡが登場するバトラー編。この公演で退団した舞希彩さんのメラニーがとても素敵だったことを懐かしく思い出しています。
2024年7月14日JBpress
「7日に投開票が行われた東京都知事選は、事前予想通りに現職の小池百合子氏の3選で幕を閉じた。「現職が負けたことがない」難しい選挙にリスクを取って挑戦した立憲民主党(出馬にあたり離党)の蓮舫前参院議員は、ふたを開ければ小池氏だけでなく、新人の前広島県安芸高田市長、石丸伸二氏にも及ばない3位に沈んでしまった。
結果はともかく、野党第1党として都知事選を「捨て試合」にせず「与野党ガチンコ勝負」の構図を創り上げた蓮舫氏の挑戦を、少なくとも筆者は高く評価したいと思う。
訴えの内容も(聞く人の政治スタンスによって好むと好まざるとの差はあるだろうが)立憲の理念を体現しており、小池氏との選択肢となる役割はおおむね果たしていた。「ひとり街宣」のように、若い世代などが政治へのファーストコンタクトになり得るきっかけも提示した。
もちろん、大敗した選挙結果については、蓮舫陣営も立憲民主党も多くの課題を見いださなければならない。だが、選挙の良し悪しは勝敗のみで判断されるべきものではない。外野が騒ぐほど酷い選挙だったとは、筆者は思わない。
ただ、6月16日公開の記事(「蓮舫いじり」あふれ出す東京都知事選…アンチの“罵詈雑言”にみる、辟易するほど劣化しきった日本政治の現在地)でも指摘した蓮舫氏やその周囲への数限りない中傷が、蓮舫氏の敗戦によってさらに増幅されているさまは見るに堪えない。
あ然としたのは、こうした言葉がネット上の多数の匿名の個人でなく、既存の大手メディアから大手を振って流れ始めたことだった。」
全文は~
蓮舫さんへのバッシングと石丸さんの持ち上げ、どちらも異常。その影にすっぽりと隠れる小池さんの学歴詐称疑惑、不透明な都庁プロジェクションマッピング48億円、都庁職員の三井不動産への天下り・・・、
都知事選とその後の状況は日本の劣化ぶりを露にしました。
三好春樹『関係障害論』より‐「オムツの中にしていいのよ」
「それで、このおばあさんは、頭はしっかりしていましたから、1週間経てば帰れるし、その間だけだと思ってガマンしていたのです。でも、呆け老人の場合はそうはいきません。呆け老人というのは、自分の感覚に正直なのです。後から入ってきた知識とか常識とかしつけというのは、先に忘れますから、最後は感覚だけで、赤ちゃんに戻っていくわけです。そういう意味で自分の身体に正直ですから、気持ち悪いものは排除するわけです。
赤ちゃんはおしっこやうんちがでると、気持ち悪いから泣いて相手に知らせるわけです。赤ちゃんは幸か不幸か、手がそこへ届きません。ところが、老人は手が届きますから、泣く代わりに自発的に不快なものを排除するわけです。
そうすると、これはもう大変です。不潔行為をしたということになります。着替えはしなくてはいけないし、汚れるし、みんなに迷惑をかけるということになりますね。それでどうするかというと、勝手に出してしまうからと、つなぎ服です。ダウンタウン・ブギウギバントが着ていたような、自動車の修理工みたいな服を着せさせられて、ヒモで手もとや足もとをくくるようになっているので、自由に手が突っ込めないようになっています。最近のはすごいですね。背中にチャックがあってYKKが開発した鍵付きジッパーもあります。
いくら、”つなぎ”を着せていても引っぱり出すのですから、呆け老人の執念たるやすごいものです。行ってみるとオムツが全部出ていて、でもつなぎは着ているのです。どこから出したのだろうと思いますね。ほどけている部分があるからそこから出したのでしょうが、どうやってもそこまで手は届かない人が、ゴソゴソしながら出したんでしょうね。出して、そこにオムツを折りたたんで置いているのが不思議ですね。こうなると”つなぎ”でも間に合わないから手足を縛れ、という話になっていくのです。
そうすると、お年寄りは、自分がおしっこが出て気持ち悪いということを訴えると、まわりに迷惑がかかって自分が怒られるし、最悪の場合は手まで縛られることになりますから、そうならないためにはいったいどうすればいいと思いますか。自分は怒られないし縛られない、看護婦さんたちにも迷惑をかけないいちばんいいやり方は、自分の感覚をなくすことなのです。濡れていて気持ち悪い、という感覚を忘れる。おしっこをしたいという感覚を忘れる。これで全部ハッピーです。
だからお年寄りは、心理的に下半身の感覚を忘れさったと考えないと、どうにも理屈に合わないんです。だって、解剖学的原因はないんですから。」
(三好春樹『関係障害論』1997年4月7日初版第1刷発行、2001年5月1日初版第6刷発行、㈱雲母書房、41-42頁より)