荒れ果てた室内に転がるのは無数の瓶。
ビール、ワイン、日本酒、焼酎、ウイスキーなどなど、ただアルコール飲料であるという以外に共通点はなく、飲み手にとってアルコールであるなら何でも良いと言わんばかりの『汚い飲み方』を如実に現していた。
「…… 成美」
転がる瓶の只中で躰を丸め、鼾を掻いて寝ている妻は、たった一週間前、出張に出た僕を笑顔で送り出してくれた彼女と同一人物とは思えなかった。
ことの始まりは多分、出張初日の真夜中にビジネスホテルで休んでいた僕の携帯に掛かってきた電話だったと思う。電話の主は妻の成美で、ベランダに見知らぬ女が佇んでいると怯えた声で伝えてきた。ちなみにうちは十階団地の八階にある。
心配ではあったが明日も仕事がある身の僕が電車で数時間かかる自宅に戻れるはずもなく、とにかく警察に電話して何とかして貰ってくれと伝えて電話を切った。
次の日も、そしてまた次の日も、仕事を終えて休んでいる僕に成美は電話を掛けてきた。警察を呼んだら姿が消えたとか、そちらのお義母さんや私の両親も信じてくれないとか、日に日にヒステリックになっていく妻の言葉を、僕は『仕事が終わったらすぐ戻るから』と宥め続けた。
だが、言葉通りに仕事を終えてから戻った僕が見たのは、夜な夜な現れる女の姿に怯え、その恐怖から逃れるため闇雲に、本来なら碌に飲めない酒を飲み続けたらしい妻の姿だった。暫くの間呆然と立ち尽くしていた僕は、何故か部屋でベランダに面したカーテンが開け放しになっているのに気付く。
夜ごとベランダに現れる女の姿を見たくなかったのなら、一体何故カーテンが開いているのだろうと視線を移した僕の視界に現れる、俯いた女の姿。ようやく成美の言葉が紛れもない真実だったのだと悟った僕の眼前で、女はゆっくりと顔を上げる。
女は、成美と同じ顔をしていた。
オマエダオマエトオマエニオマエガ
明らかに正気を失った瞳を僕に向けながら、成美と同じ顔をした女は一跳びでベランダの柵に飛び乗り、そのまま柵の外側に身を躍らせた。
「!」
僕は慌ててベランダに飛び出し、柵から身を乗り出して下を確認する。
そこにあったのは奇妙な角度に拗くれた躰を晒しながら、ゆるゆると赤黒い染みを広げていく女の姿。だが、訳が判らないままに硬直した僕の眼下で女の姿は徐々に薄れていき、やがて完全にその姿を消した。
「…… なんだって言うんだ、一体」
とにかく成美をベッドに寝かせようと、僕がその躰を抱きかかえた直後。
先程の女と同じようにその姿を薄れさせ、やがて僕の腕から完全に消える成美の姿。
そして、直後に響き渡る『人が落ちたぞ!』という叫び声と、それに重なる悲鳴。
一体何が起こったのか、そもそも何がいけなかったのか。
何一つ判らぬまま、僕はそれから長い間、一人で部屋の中に立ち尽くしていた。
ビール、ワイン、日本酒、焼酎、ウイスキーなどなど、ただアルコール飲料であるという以外に共通点はなく、飲み手にとってアルコールであるなら何でも良いと言わんばかりの『汚い飲み方』を如実に現していた。
「…… 成美」
転がる瓶の只中で躰を丸め、鼾を掻いて寝ている妻は、たった一週間前、出張に出た僕を笑顔で送り出してくれた彼女と同一人物とは思えなかった。
ことの始まりは多分、出張初日の真夜中にビジネスホテルで休んでいた僕の携帯に掛かってきた電話だったと思う。電話の主は妻の成美で、ベランダに見知らぬ女が佇んでいると怯えた声で伝えてきた。ちなみにうちは十階団地の八階にある。
心配ではあったが明日も仕事がある身の僕が電車で数時間かかる自宅に戻れるはずもなく、とにかく警察に電話して何とかして貰ってくれと伝えて電話を切った。
次の日も、そしてまた次の日も、仕事を終えて休んでいる僕に成美は電話を掛けてきた。警察を呼んだら姿が消えたとか、そちらのお義母さんや私の両親も信じてくれないとか、日に日にヒステリックになっていく妻の言葉を、僕は『仕事が終わったらすぐ戻るから』と宥め続けた。
だが、言葉通りに仕事を終えてから戻った僕が見たのは、夜な夜な現れる女の姿に怯え、その恐怖から逃れるため闇雲に、本来なら碌に飲めない酒を飲み続けたらしい妻の姿だった。暫くの間呆然と立ち尽くしていた僕は、何故か部屋でベランダに面したカーテンが開け放しになっているのに気付く。
夜ごとベランダに現れる女の姿を見たくなかったのなら、一体何故カーテンが開いているのだろうと視線を移した僕の視界に現れる、俯いた女の姿。ようやく成美の言葉が紛れもない真実だったのだと悟った僕の眼前で、女はゆっくりと顔を上げる。
女は、成美と同じ顔をしていた。
オマエダオマエトオマエニオマエガ
明らかに正気を失った瞳を僕に向けながら、成美と同じ顔をした女は一跳びでベランダの柵に飛び乗り、そのまま柵の外側に身を躍らせた。
「!」
僕は慌ててベランダに飛び出し、柵から身を乗り出して下を確認する。
そこにあったのは奇妙な角度に拗くれた躰を晒しながら、ゆるゆると赤黒い染みを広げていく女の姿。だが、訳が判らないままに硬直した僕の眼下で女の姿は徐々に薄れていき、やがて完全にその姿を消した。
「…… なんだって言うんだ、一体」
とにかく成美をベッドに寝かせようと、僕がその躰を抱きかかえた直後。
先程の女と同じようにその姿を薄れさせ、やがて僕の腕から完全に消える成美の姿。
そして、直後に響き渡る『人が落ちたぞ!』という叫び声と、それに重なる悲鳴。
一体何が起こったのか、そもそも何がいけなかったのか。
何一つ判らぬまま、僕はそれから長い間、一人で部屋の中に立ち尽くしていた。