カケラノコトバ

たかあきによる創作文置き場です

贈りものを彼女に

2013-09-15 22:51:37 | 即興小説トレーニング
 いつだって真っ直ぐな言葉を掛けることが、出来なかった。
 だから、愛していると口に出したことはない。

 今時珍しい親同士が決めた結婚相手で、最初から恋愛感情の伴う高揚感とは無縁の関係だった。むしろお互い義務と責任を果たすためだけに一緒になり、一緒に暮らした。とはいうものの口答えの一つもしない彼女に対して、私は随分と横柄な態度を取り続けてきたと思う。

 子どもは二人、上は姉で下が弟。
 勝ち気な姉は独立心が強く、家にいると息が詰まると言って高校卒業と共に家を出て一人暮らしを始めたまま、滅多に家に戻らなくなった。結婚してもそれは同じで、さすがに初孫の顔は見せに来たが、それも数年に一度のことで、やがて疎遠になった。
 大人しい弟は黙々と勉学に励み、やがてやりたいことがあるからと家を出て行った。それ以来ろくに連絡も寄越さなくなり、やはり疎遠になった。

 二人が家から完全に姿を消した後、私は命に関わる病を得た。そして、病院での治療が無駄だと判断したときに医者の許可を得て家に戻って最期の時までの時間を過ごすことになった。妻は我が侭な病人である私に、やはり口答え一つしないで世話をしてくれたが、ある日、私の枕元に正座したまま言った。

「貴方の言いたいことは、いつも判っていました。
 私の味付けが濃いめだから、自分だけでなく私の健康も心配して料理に文句を付けたことも。
 身なりをあまり構わない私が周囲の人間に侮られないようにと、衣服に細かく注文を付けてきたことも。
 うっかり者の私が取り返しの付かない失敗をしないように、そして、取り返しの付かない失敗を軽く考えないようにと、何か失敗したときは厳しく叱責してきたことも。何もかも、全部」

 そう言って俯いた妻を、私は始めて本気で抱きしめてやりたくなった。素直でないが故にどうしても口に出来なかった私の言葉を、彼女は全て正しい方向で受け止めていてくれていたのだ。 
 だが、震える手を力なく妻に向かって伸ばした私の姿に、彼女はただ冷ややかな目を向けるばかりで決してその手を取ろうとしないまま、言葉を続けた。

「でも貴方の『正しい』言葉に私は傷付き続けて、それは私が至らないためだと努力を重ねてきました。それでも貴方は更に『正しさ』を私に突きつけ続けてきて…… もう、無理です」

 貴方を愛しています、だから、私が貴方を憎み始める前に死んでください。

 妻のそんな言葉を奇妙なほど冷静に聞きながら、私は己の死が彼女にとって最後の、そして最良の贈り物となるであろう事を今更ながらに気付かされた。 

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