そう言えば普段、仕事は何をしているの?
彼女が訊ねてきたので、僕は郵便配達だと答えた。
「元々この辺のエリアは羽人の居住区でもかなり地上人の街に近いだろう。そこで働いている羽人が実家や友人に出す手紙を担当しているんだ」
実際、地上人が羽人の居住空間を自在に飛び回るのはかなり難しい。風の読み方や虫の扱いだけでなく、鳥の巣を思わせる高所に建てられた家を番地名だけで把握するのも一苦労なのだ。
「まあ、僕は身一つで飛んでいるから大した量の手紙や小包は運べないんだけど」
大きな輸送会社になると、何匹も虫を連ねたゴンドラで一度に大荷物を運んでいるが、そういう会社は、ほぼオーナーが地上人で、虫の扱いが特に上手い羽人を何人も雇って運営されているそうだ。
「大概の成人した羽人は地上人の街近くで暮らすのを好まないから、出稼ぎで働いている子どもや孫の便りを心待ちにしていてね。僕もずいぶん感謝されているよ」
「…… ひょっとして、羽人は地上人を嫌っているひとが多いの?」
不安そうな彼女に、僕はそうじゃないよと軽く言ってのける。
「地上人の街は、基本的に僕たちが暮らすには風も緑も、それに広さも足りないんだ。別に好き嫌いじゃない。第一、羽人でも好奇心が強くて適応力のある若者は、結構街に馴染んで地上人と一緒に仕事をしているしね、僕の兄もそうだよ」
兄は羽人の中では変わり者と言えた。羽人は基本的に己の抱えきれない財産を持つことを美徳としない。故に、蔵書やコレクションといった『もの』を家に置く習慣を持つものは少ないのだが、兄はその数少ない例外だった。沢山の本を読みたがり、拾った石を溜め込み、食べる以外の植物を鉢植えで育てたがる兄を周囲は持て余したが、父だけはその才を認めていた。だから地上人に雇われて必死に働き、兄が街で学ぶに足りるだけの学費を稼ぎ出してやったのだ。お陰で兄は羽人には珍しい学者となり、地上人の研究チームに混じって文字通りあちこちを飛び回っているそうだ。
「羽人は本を読まないの?」
不思議そうに問い掛けてきた彼女に、文字が一般的になったのは地上人との付き合いが始まってからだと僕は答える。
「だから羽人の歴史は代々口伝で、それも羽人の古語で伝えられてきたんだよ」
例えばと、僕は普段使わない言葉で羽人に伝わる英雄談のさわりを詠唱してみせる。彼女にとっては奇妙な歌、若しくは不思議な振動音にしか聞こえないであろうそれを、何故か懐かしそうな表情で聞いていた彼女は、僕が詠唱を終えると笑顔で拍手してくれた。
「意味は判らないんだけど、とても綺麗ね」
「これは現在の羽人居住エリアに妻と共に巣を構え、子を成し、集落を造った男の唄で、僕たち羽人は全てこの男の血を引いていると伝えられているのさ」
だから唄は『男の息子の娘の妹の夫の…… 』と続いて、最後には必ず自分に繋がる。故に羽人が他人に、特に地上人には決して明かすことのない『本名』は名乗りを上げて終わるまでに数日間が必要なほどに長いのだ。
ただ、地上人との付き合いで、羽人の生活も昔と比べて変わったからね。コレからは本を読んだり街で暮らす羽人も珍しくなくなるんじゃないかなと僕は答えた。
彼女が訊ねてきたので、僕は郵便配達だと答えた。
「元々この辺のエリアは羽人の居住区でもかなり地上人の街に近いだろう。そこで働いている羽人が実家や友人に出す手紙を担当しているんだ」
実際、地上人が羽人の居住空間を自在に飛び回るのはかなり難しい。風の読み方や虫の扱いだけでなく、鳥の巣を思わせる高所に建てられた家を番地名だけで把握するのも一苦労なのだ。
「まあ、僕は身一つで飛んでいるから大した量の手紙や小包は運べないんだけど」
大きな輸送会社になると、何匹も虫を連ねたゴンドラで一度に大荷物を運んでいるが、そういう会社は、ほぼオーナーが地上人で、虫の扱いが特に上手い羽人を何人も雇って運営されているそうだ。
「大概の成人した羽人は地上人の街近くで暮らすのを好まないから、出稼ぎで働いている子どもや孫の便りを心待ちにしていてね。僕もずいぶん感謝されているよ」
「…… ひょっとして、羽人は地上人を嫌っているひとが多いの?」
不安そうな彼女に、僕はそうじゃないよと軽く言ってのける。
「地上人の街は、基本的に僕たちが暮らすには風も緑も、それに広さも足りないんだ。別に好き嫌いじゃない。第一、羽人でも好奇心が強くて適応力のある若者は、結構街に馴染んで地上人と一緒に仕事をしているしね、僕の兄もそうだよ」
兄は羽人の中では変わり者と言えた。羽人は基本的に己の抱えきれない財産を持つことを美徳としない。故に、蔵書やコレクションといった『もの』を家に置く習慣を持つものは少ないのだが、兄はその数少ない例外だった。沢山の本を読みたがり、拾った石を溜め込み、食べる以外の植物を鉢植えで育てたがる兄を周囲は持て余したが、父だけはその才を認めていた。だから地上人に雇われて必死に働き、兄が街で学ぶに足りるだけの学費を稼ぎ出してやったのだ。お陰で兄は羽人には珍しい学者となり、地上人の研究チームに混じって文字通りあちこちを飛び回っているそうだ。
「羽人は本を読まないの?」
不思議そうに問い掛けてきた彼女に、文字が一般的になったのは地上人との付き合いが始まってからだと僕は答える。
「だから羽人の歴史は代々口伝で、それも羽人の古語で伝えられてきたんだよ」
例えばと、僕は普段使わない言葉で羽人に伝わる英雄談のさわりを詠唱してみせる。彼女にとっては奇妙な歌、若しくは不思議な振動音にしか聞こえないであろうそれを、何故か懐かしそうな表情で聞いていた彼女は、僕が詠唱を終えると笑顔で拍手してくれた。
「意味は判らないんだけど、とても綺麗ね」
「これは現在の羽人居住エリアに妻と共に巣を構え、子を成し、集落を造った男の唄で、僕たち羽人は全てこの男の血を引いていると伝えられているのさ」
だから唄は『男の息子の娘の妹の夫の…… 』と続いて、最後には必ず自分に繋がる。故に羽人が他人に、特に地上人には決して明かすことのない『本名』は名乗りを上げて終わるまでに数日間が必要なほどに長いのだ。
ただ、地上人との付き合いで、羽人の生活も昔と比べて変わったからね。コレからは本を読んだり街で暮らす羽人も珍しくなくなるんじゃないかなと僕は答えた。