その子が、いつからうちの庭にある大きな樹の下にいたのかは知らないし、どこから来たのかも興味はなかった。
ただ、気が付いたときには既にその子はそこにいて、いつだって遊ぼうと微笑んできた。
落ち葉や木の実を拾ってままごと遊びをしたり、鬼ごっこと称して樹の回りを何度もぐるぐる回ったりと、今から考えると実に他愛ない遊びだったが、二人きりで遊ぶのは楽しかったと思う。何しろ、その子の存在は大人や他の子ども達には決して知られてはいけない二人だけの秘密だと、その子と一緒に誓ったのだから。
けれど良くある話だが、よその友達と外で遊ぼうとしないのを心配した母親が注意深く観察を続けた結果、とうとうあの子の姿を見たらしく、血相を変えて問い詰めてきた。そのまま誤魔化しきれずに知っているだけのことを全て話すと、いきなり納屋から鉈を持ち出してきて、狂ったように叫びながら樹の幹に打ちつけ始めた。樹は頑丈で大した傷は付かなかったが、騒ぎを聞きつけて現れた祖父と父は激昂した母を宥めるより先に握りしめていた鉈をもぎ取り、そのまま手加減無しで母を殴り飛ばして何やら罵倒を始める。
普段は優しい大人たちが繰り広げる想像を絶する修羅場に動けないでいると、母は私の手を無理矢理にとって自分の部屋に行き、箪笥やら棚やらを引っかき回して手荷物を纏めると、そのまま家を出て二度と戻らなかった。
母の死後、ようやく居場所を探し当てたと現れた父に連れられて家に戻った時も、その子は昔と変わらぬままの姿で大きな樹の下にいた。
おかえり、おおきくなったんだ。
そう言えば確かに昔、二人で誓い合ったのだ。ずっといつまでも一緒に遊ぼうと。だから、その子と同じ年になったらこっちにおいでと。そうしたら、その子のようにずっと子どものまま、一緒に遊んでいられるのだと。子どもの頃はろくに意味も判らず、ただ仲良しのその子といつまでも一緒にいられるというのが嬉しくて、確かに誓った。間違いない、けれど、それは、つまり。
でももう、そんなにおおきくなったのなら、もういっしょにあそべないね。
寂しげなその子の様子に、思わず胸が締め付けられる。理由や状況がどうあれ、その子との誓いを反古にしたのは間違いないのだ。しかし、次の瞬間その子は再び微笑みながら言葉を続けた。
それなら、こんどいっしょにあそぶのは、おまえのこどもでいいや。
邪気の欠片もない、それ故に底知れぬほどおぞましい微笑みに思わず後じさった私の肩を、大きく骨張った手が掴んだ。それが父の物であることは振り向かずとも見当が付く。
恐らく家は代々そうやって栄えてきたのだと、涙で輪郭が歪み始めたあの子の姿から、それでも目を離すことが出来ぬままに悟った。
ただ、気が付いたときには既にその子はそこにいて、いつだって遊ぼうと微笑んできた。
落ち葉や木の実を拾ってままごと遊びをしたり、鬼ごっこと称して樹の回りを何度もぐるぐる回ったりと、今から考えると実に他愛ない遊びだったが、二人きりで遊ぶのは楽しかったと思う。何しろ、その子の存在は大人や他の子ども達には決して知られてはいけない二人だけの秘密だと、その子と一緒に誓ったのだから。
けれど良くある話だが、よその友達と外で遊ぼうとしないのを心配した母親が注意深く観察を続けた結果、とうとうあの子の姿を見たらしく、血相を変えて問い詰めてきた。そのまま誤魔化しきれずに知っているだけのことを全て話すと、いきなり納屋から鉈を持ち出してきて、狂ったように叫びながら樹の幹に打ちつけ始めた。樹は頑丈で大した傷は付かなかったが、騒ぎを聞きつけて現れた祖父と父は激昂した母を宥めるより先に握りしめていた鉈をもぎ取り、そのまま手加減無しで母を殴り飛ばして何やら罵倒を始める。
普段は優しい大人たちが繰り広げる想像を絶する修羅場に動けないでいると、母は私の手を無理矢理にとって自分の部屋に行き、箪笥やら棚やらを引っかき回して手荷物を纏めると、そのまま家を出て二度と戻らなかった。
母の死後、ようやく居場所を探し当てたと現れた父に連れられて家に戻った時も、その子は昔と変わらぬままの姿で大きな樹の下にいた。
おかえり、おおきくなったんだ。
そう言えば確かに昔、二人で誓い合ったのだ。ずっといつまでも一緒に遊ぼうと。だから、その子と同じ年になったらこっちにおいでと。そうしたら、その子のようにずっと子どものまま、一緒に遊んでいられるのだと。子どもの頃はろくに意味も判らず、ただ仲良しのその子といつまでも一緒にいられるというのが嬉しくて、確かに誓った。間違いない、けれど、それは、つまり。
でももう、そんなにおおきくなったのなら、もういっしょにあそべないね。
寂しげなその子の様子に、思わず胸が締め付けられる。理由や状況がどうあれ、その子との誓いを反古にしたのは間違いないのだ。しかし、次の瞬間その子は再び微笑みながら言葉を続けた。
それなら、こんどいっしょにあそぶのは、おまえのこどもでいいや。
邪気の欠片もない、それ故に底知れぬほどおぞましい微笑みに思わず後じさった私の肩を、大きく骨張った手が掴んだ。それが父の物であることは振り向かずとも見当が付く。
恐らく家は代々そうやって栄えてきたのだと、涙で輪郭が歪み始めたあの子の姿から、それでも目を離すことが出来ぬままに悟った。