毛布を引きずってリビングに現れたオレの姿に気付くなり、ゴスペルは情けない呻き声を上げながらソファの影に隠れようとした。
「もう怒ってねえよ」
そう言ってオレはゴスペルの顎の下に手をやって指を動かしながら顔を見詰めるが、どうにも居心地悪そうに視線を外そうとする。
「……いきなりヨソの家に預けられて、しかもオレがなかなか迎えに行かないから拗ねたんだろう?」
ゴメンな遅くなってと今度は頭を撫でてやると、ようやく甘えた声と共にオレを見上げるゴスペル。その隣に座ってオレは話し始める。
「なあゴスペル、オレ、とーさんとかーさんが死んでからずっと、早く大人になりたくて仕方なかった。そして、大人になったらお前と一緒に知らない場所に行こうと思ってた」
でも、大人になっても辛いものは辛いんだな、とオレは続ける。
「じーさんも、兄ちゃんたちも、あいつも、オレよりずっと大人なのにあんなに悲しんで、苦しんで、とても見ていられなかった……だから、戻った」
もちろんゴスペルにオレの言葉が理解出来ているとは思わないが、ゴスペルは少しだけ首をかしげた格好で大人しくしていた。
「それに、オレを二人のところに連れて行ってくれたのはお前じゃなかった。アレはたぶん、お前のかーさんだ」
オレが産まれる一年ほど前、ゴスペルを産んで亡くなった狼犬。結局『彼女』の出自は判らないままだったが、彼女の遺したゴスペルはオレにとって兄弟同然の存在となり、普段は臆病なのに、何かあると必死にオレを守ろうとしてくれた。
『扉を開け放ったとき、ちょうど誘拐犯の一人が貴様の頭を撃とうとしていてな。直後にあの犬が飛びかかっていなければ助からなかったと思う』
ヤツの言葉を思い出して、思わずオレはゴスペルの体を抱きしめていた。ゴスペルとその母犬がいなければ、オレはきっと戻るコトは出来なかったのだ。
「だからさ、オレ、もう急がないよ。今はガキのままでいいから、ゆっくりココでみんなと一緒に大人になる事にした」
やがてオレは知るだろう、自分が何者で、一体何が出来るのかを。
多分、それが本当の意味で子供が大人になるということなのだ。
「それまで……オレが大人になるまでは、一緒にいてくれよな」
狼犬の寿命はだいたい十歳前後だそうだが、ゴスペルは明らかに犬の血が強いから長生きするかもしれないな。そんな父さんの言葉を思い出しながら、オレはゴスペルの体に顔を埋めて毛皮の感触と温もりを頬に感じる。
その晩、オレは久しぶりにゴスペルを枕にして眠った。
ゴスペルのヤツがそれをどう思ったかまでは、知らない。