やがて月日が流れてオレたちは高校生になった。
進路の関係でオレとあいつ、それにあいつの妹、更にヤツとヤツの幼馴染みの五人は同じ学舎に通う事になり、更にオレとあいつ、それにヤツは同じクラスという、ある意味素晴らし過ぎる環境の中で日々を暮らしている。
あれからゴスペルはかなり老いぼれたが、それでもあいつの妹の差し入れは嬉々として貪り食っているので、多分オレが大学に入る頃までは一緒にいてくれるだろう。
そんな訳であれからオレの生活で発生した劇的な変化と言えばただ一つ。爺さんがオレの前で被っていた猫の皮を遠慮なく脱ぎ捨てた事だった。無口で無愛想だと思い込んでいた爺さんは、本当は、良く笑い良く怒鳴り子供じみた悪戯が大好きという、所謂『ドコに出しても恥ずかしくないクソジジイ』だったのだ。今ならオレも、結婚に反対された母さんが爺さんの元を去ったのもオレが十歳になるまで会わせないと宣言したのも、ついでに大兄ちゃんが爺さんに似ていないという言葉の真の意味も理解出来る気がする。
その日、オレは小腹が空いたので授業の合間の休み時間に早めの弁当を広げるなり、思わず叫んでいた。
「あのクソジジイ!」
爺さんから持たされた弁当箱にぎっしりと詰まった芋羊羹と、『ワシも歳だから弁当作るの大変になって外注にしたから学校で受け取るように』と書かれたメモ書きの前でオレが怒りに震えていると。
「わあ、美味しいねこれ」
「通常の弁当を詰めるより遙かに手間を掛けて作ってあるな」
いつの間にか湧いて出た二人が、さも当然のように一緒に入っていた和菓子用楊枝を使って芋羊羹を喰らい始める。
「……何を、している、貴様ら」
「え?だってこれキミのお爺さんからの差し入れでしょ?お弁当ならボクの妹が昼休み前に持ってきてくれるよ」
成る程、『外注』とはそういうことかと思いながら、オレはあいつの襟首を掴む。
「一つ聞くが、何故わざわざ別のクラスのお前の妹が届けに来るんだ?お前がオレに渡せば済む話だろう」
「えー、だって妹がどうしても自分で渡すって聞かないから」
襟首を掴まれたまま笑顔で答えるあいつに対して流石にオレも殺意に良く似た感情を抱き始めた辺りで。
「お前の妹も朴念仁相手に大変だな」
さらりと言い切るヤツに、ぶち切れたオレは思わず叫ぶ。
「貴様は向こうで貴様の幼馴染みといちゃついてやがれ!」
「ではそうさせて貰おう」
堂々と言い放ち、ついでに芋羊羹を選り分けた弁当箱の蓋と爪楊枝を持ってその場を去って行くヤツの背中に向かってオレは衝動的に拳を向けるが、いつものようにあいつに止められた。
「ダメだってば!キミじゃ勝てないよ!」
そう叫んで、しまったという表情になるあいつに、オレは軋るような口調で訊ねる。
「……今までも、そう思って止めてきたのか?」
「え、だって、ボクだって彼相手なら、相打ち覚悟でようやく勝ちを拾えるかどうかだし」
「更に失礼な事ぬかしてくれるじゃねえか、貴様らが一番二番で、オレはその下ってことか?」
ヤツの代わりにコイツをどうにかしてくれようかと半ば以上本気でオレが考えていると、あいつは不意に思い出したように叫ぶ。
「でも!キミにはボクの妹がいるだろう!何ならこれからボクの事を『お義兄さん』と呼んでくれて良いから!」
ほらボク初夏生まれでキミは冬生まれだからボクの方が年上だし、などとあいつ自身も何を言っているのか分からないであろう弁明を、オレは切って捨てる。
「断る」
「ええ!ボクは本当に構わないよ?」
「こっちが構うわ!」
「……お前ら、授業始めて良いか?」
そんなわけで、世間一般が言う『平穏』とは程遠い日常の中で、オレは何度も途方に暮れる。そして途方に暮れながら前に進んでいく。
誰かと、巡り会うために。
何かを、見つけ出すために。
だからオレは途方に暮れる・終