1992.10.5(Mon) Vladivostok
ヒアリングの後、シコタ半島に出かける。夕日がきれいだった。夕日の射す湾の入口には多数の船舶が停泊していた。おそらく検疫待ちの船だろう。今日は一日中快晴、遠くの山まで見渡せた。
シコタ半島から金角湾口 Google Map
眼下の山裾には小さな白い教会が逆光の中に見えていた。その教会の形が何かに似ているような気がしていたのだが、後になって、長崎チャンポンのチェーン店「リンガーハット」だと気づいた。もちろんリンガーハットとはなんの関係もないのだけれど、なんだか残念な感じ。
帰りがけに書店に寄る。ロシアの本屋さんには全く本がない、というと叱られるかもしれないが、手に取って見てみることができる本が極めて少ない。単行本や文庫本はほとんどなく、平積みなどという過剰な状況は当然だが一切ない、というかできない。小学生の副読本のような、月刊誌(といっても十数ページのぺらぺらのものだが…)や、幾つかのお薦め本、そして童話の類しかないのだ。そのお薦め本も、店員さんに頼んで棚やショーケースから出して貰わなければ見ることさえできない。ここでは本も宝石などと同じ高級品なのだろうか。
しかしめげずにこれらを買おうとレジへ行き、支払いをして、お釣りを貰おうとするとこれもない。細かいつり銭の代わりにガムなんかをくれてしまう。しょうがないからそれを貰って食べるが、これもまたおいしくないので、結局地元の子供にあげてしまったりする。ガム以外では、しおりやカードをくれちゃったりもする。というかお釣りがないからこれも買ってよ、と勧められてしまい、いやおうなしに買わざるを得ないのだ。
僕らにとっては別に大した値段のものではないが、何だかいよいよ複雑な気分になってきてしまう。超インフレの状態で、お釣りさえもままならないという状況を目の当たりにすると、都市計画とか都市景観とかより、まずこの国の経済状況、政治・経済のシステムの方が根本的に問題なんだろうな、ということにいやでも気づかされてしまって、どうも暗い気分になってしまう。
振り返って僕らの国は、物の値段が高いなどと言っているが、人々の大半はまがりなりにも暮らしていけてる。お釣りがない、物がないなんて状態は、僕が生まれてからは一度も体験したことがない。そんな意味では、ぼくらはとても幸せな生活をしているのだなと思う。本屋さんに行けば有り余るほどの本が積まれ、街のあちこちにコンビニや自販機があるという国は、考えてみれば世界中で日本だけなのかもしれないなぁと改めて思うのだった。
17:30に帰寮。部屋で少し休憩した後、18:00に夕食。鮭+ライス、サラダの軽食。ロシアでは昼食がディナーなので、夕食はサパーで軽い。日本の夕食に慣れていると、どうも物足りない気がするがしかたない。しかし明日はスパゲティとのことで、一同喜び期待する。
1992年10月 ロシア日記・記事一覧
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