11/02 一橋大学一橋講堂
11/04 東京銀行集会所/東京銀行協会ビルヂング
11/06 日本工業倶楽部
11/08 新丸ノ内ビルヂング
11/10 JRビル(旧鉄道省・旧国鉄)
11/12 丸ノ内ビルヂング(丸ビル) その1
11/14 丸ノ内ビルヂング(丸ビル) その2
11/16 東京中央郵便局
11/18 東京都庁 第一本庁舎
11/20 東京都庁 西1号分庁舎
11/22 東京都庁 西2号分庁舎
11/24 東京都庁 西3号分庁舎
11/26 東京都庁 西8号分庁舎
11/28 東京都庁 西9号分庁舎
11/30 日本赤十字東京都支部社屋
日本赤十字東京都支部社屋
所在地:千代田区丸の内3-5
建設年:1927(昭和2)
構造、階数:RC、3F・B1F
備考 :解体
Photo 1991.3.31
旧東京都庁の一連の建物が建ち並ぶ街区にあって、北西角に一つだけ都庁関連ではない建物があった。周辺の建物が全て道路に沿った中庭型の建物であれば、きれいに揃った街並みだったのだろうが、都庁の第一本庁舎が前庭やピロティを持ったモダニズム建築となったことで、角地建築だけが唐突に残された印象になっていたのが逆に印象的だった。
東京都庁西9号分庁舎(旧東京府農工銀行・旧第一勧業銀行宝くじ部)
所在地:千代田区丸の内3-5
建設年:1928(昭和3)
構造、階数:SRC、3F・B1F(後年、4Fを増築)
解体年:1991(平成3)
Photo 1991.3.31
東京府農工銀行として建設され、後に日本勧業銀行に吸収合併される。更に第一勧業銀行宝くじ部となる。
1985年9月に東京都が買い入れ、西9号分庁舎として利用していた。もともと銀行の建物だったので、コリント式の立派な列柱が並ぶいかにも銀行らしい建物だった。
写真の建物の右側には旧麹町区保健所だった建物があった。新幹線が東京駅に到着する直前に車窓から見えた建物で、印象的だったのだが、この建物の写真も撮らずじまいに終わってしまった。
Wikipedia > 東京都庁舎
ぼくの近代建築コレクション > 第一勧業銀行宝くじ部/丸の内3丁目
Tokyo Lost Architecture
#失われた建物 千代田区 #オフィス #官公庁 #銀行・保険 #近代建築
東京都庁西8号分庁舎(旧工業奨励館)
所在地:千代田区丸の内3-5
建設年:1923(大正12)
構造・階数:RC・3F
解体年:1991(平成3)
Photo 1991.3.31
日本の中心である東京都庁舎の建物の一部が、1990年頃まで赤煉瓦風の外観の建物だったことは、ある意味驚きだ。しかし、この時は建物解体寸前だったにも関わらず、敷地の外の遠くから撮っただけだった。この建物ももっと近寄ってディテールを記録しておけば良かったと後悔している。
Wikipedia > 東京都庁舎
東京都庁西3号分庁舎(旧帝国農会ビル)
所在地:千代田区丸の内3-5
建設年:1924(大正13)
構造、階数:RC、3F・B1F
解体年:1991(平成3)
Photo 1991.3.31
この建物も、小雨の夕暮れの中、ついきちんと撮らずに終わってしまった建物。このような建物はそこここにあるような気がして、遠景ですませてしまったが、もったいないことをしたと改めて思う。確かに様式的にも地味なのだが、隣の建物と連続していることで、欧米風な様式建築の街並みを創っていた。
Wikipedia > 東京都庁舎
東京都庁西2号分庁舎(旧衛生局庁舎)
所在地:千代田区丸の内3-5
建設年:1934(昭和9)
構造、階数:RC、4F・B1F
解体年:1991(平成3)
Photo 1991.3.31
モダニズム風の白い箱形の建物。角の部分が丸く、塔屋に円形の窓があるところは表現派的なのかな? 当時は気後れして敷地内に入らずに外から撮ってしまったのだが、今思えば、もっと近寄って撮っておけば良かったと後悔しきり。こうしてみると、旧都庁はいろいろな時代の建物が建ち並んでいて、それだけで一つの建築史展示場みたいに思えてくる。
Wikipedia > 東京都庁舎
東京都庁西1号分庁舎(旧建設局庁舎)
所在地:千代田区丸の内3-5
建設年:1925(大正14)
構造、階数:RC、5F・B1F
解体年:1991(平成3)
Photo 1991.3.31
撮影したのが雨の夕方だったため、建物は黒くくすんだようになっていた。古い建物なことは分かっていたが、当時は今ひとつ撮影意欲が湧かず、遠くから撮った写真に写り込んでいるだけだった。しかし建物が無くなってしまった今となっては、もっとちゃんと撮っておけば良かったとつくづく悔やまれる。よく見ると、アーチ状になった玄関部分など、気になるデザインの建物である。
Wikipedia > 東京都庁舎
東京都庁第一本庁舎
所在地:千代田区丸の内3-5
建設年:1957(昭和32)
構造 :SRC
階数 :8F・B2F・R3F
設計 :丹下健三
解体年:1991(平成3)
Photo 1991.3.31
日本を代表する建築家、丹下健三(1913−2005)により設計されたモダニズムオフィス。建物の足下はピロティにされ、全体が宙に浮き、足下にユニバーサルな屋外公共空間が作られていた。庇が水平に連続して延び、和風モダニズムのようになっている一方で、黒いルーバーが全面を覆い、鉄骨建築のような表情を見せている。またこのルーバーが全体を横長の直方体のように見せ、それが軽々と宙に浮いているように見せる効果を出している。更に、垂直に細かく規則正しく割り付けられたルーバーが合理的かつ機能的なオフィスビルであることを示している。実際、中央のコア部分に、EV、階段その他の設備群を集め、広々とした無柱のオフィス空間を創り出すことに成功している。
Wikipedia > 東京都庁舎
ぼくの近代建築コレクション > 都庁第一本庁舎/丸の内3丁目
Tokyo Lost Architecture
#失われた建物 千代田区 #オフィス #官公庁 #丹下健三 #モダニズム
Photo 1997.3.27
東京中央郵便局 所在地:千代田区丸の内 2-7
建設年:1933(昭和8)
構造・階数:SRC・5F
設計 :吉田鉄郎(逓信省営繕課)
備考 :DOCOMOMOの日本の近代建築20選。2005再開発の意向が表面化
解体年:2009(平成21)
東京駅周辺に残る近代建築はこの東京中央郵便局と東京駅だけになってしまった。端正なファサードを持つ美しいモダニズム建築が、日本の中央駅の駅前にあることは、非常に意義深いことだと思う。
Photo 2003.3.26
丸ビルの展望室から見下ろすと光庭のある建物だということがよく判る。
中央奥に見えるのは東京ビル。撮影時(2003年3月下旬)には存在していたが、その後、あっという間に取り壊され、2年半程度の短期間で再開発され、2005年11月に新しいビルに生まれ変わった。取り壊しから超高層ビル完成まで2年半というのは、にわかには信じられない速さだ。
Photo 2007.3.21
2009.03追記
民営化された日本郵政により再開発事業が開始された。2009年2月頃から解体工事が本格化。当初案では北側正面部分のみの部分的な保存復元とされていた。この保存は、いちど解体してから外壁の一部をパネル的に貼り付けて保存したこととするもの。銀行倶楽部や大手町野村ビルのような、いわゆる「腰巻き保存」といわれる類のものである模様。
しかし保存要望の高まりなどを受け、妥協案を探る動きが再度始まっているという。東側部分も保存することになり、表面だけでなく少し内側の方まで躯体ごと残されて、登録文化財となる方向だとも言われるが、詳細はまだ確定していない模様。西面も保存されるのだろうか。空中権の移転による全面的な保存が望ましいのは確かだが、どうしてもそれをやりたくないということなら、なんとか少しでも多く残すことができる方策を考えて貰いたいものだ。
ところで、コンクリートモダニズム建築など文化財ではなく、全く保存には値しないなどと、時代錯誤的で相当見当違いなことを雑誌上で堂々とお書きになる「文化人」と呼ばれる方もおられるようだ。誰とは言わないが、全く驚き呆れ、その知識・見識・理解力のなさと精神的貧しさをひどく哀れに思う。文化を毀損する害悪のような方が表舞台から早く消えて下さることを願わずにいられない。
2019.09追記
その後、結局、外壁をパネル状に張り付けるやり方ではなく、前面側の一部を残して後方に超高層ビルを建設する方式で再開発が行われた。東京駅に近い側は道路整備の関係でそのままだとまずかったらしく、角度をわずかに変えるべく曳き家をしたという。また、低層部の屋上は緑化され公開されている。低層部の中央にはアトリウムも設けられ、そこそこ魅力的な商業施設になっている。
JPタワー
所在地:千代田区丸の内 2-7
竣工年:2012(平成24)
構造 :S・一部SRC
階数 :38F・B4F・R3F
高さ :200m
Photo 2013.4.25
当初の建物の全体が保存されることはなかったが、現在の日本・東京の状況と、日本の法制度、保存に掛かる金銭的な状況を考えると、このあたりで妥協せざるを得ないのかもしれない。その中で、結果的に工夫をして、そこそこ受け容れられる施設ができた。これはひとえに設計側、計画の現場担当者の努力の結果であって、決して経営者側や上層部の手柄ではない。その後も結局諸問題が生じているのを見るにつけ、結局、経営者とその周辺の体質に問題があることは明らかだ。この建物の一部が残っても保存などに関する状況はほとんど変わっていない。
Wikipedia > 東京中央郵便局
東京中央郵便局/丸の内2丁目 - ぼくの近代建築コレクション
Tokyo Lost Architecture
#失われた建物 千代田区 #新しい建物 千代田区 #オフィス
#官公庁 #高層ビル #モダニズム #登録有形文化財
#docomomo japan #近代建築 #郵便局
1F ショッピングアーケード
丸ビル(丸ノ内ビルヂング)
所在地:千代田区丸の内 2-4
建設年:1926(大正15)
構造・階数:SRC・8F
備考 :1997(平成9)閉館
解体年:1999(平成11)
Photo 1997.3.27
閉館直前のビル内。大半のテナントが退去した後で、ビル内は閑散としていた。
1F、2Fには十字型に広幅員の通路が入り、ショッピングアーケードとなっており、ビル内外の多くの人々を集めていた。ビル内商店街としては最も早い時期のもので、一つのビルが一つの街となっていた。
1F玄関上部のステンドグラス
近代的なオフィスビルで、装飾は多くはないが、ところどころに控えめにステンドグラスなどの装飾が付けられていた。
2F 店舗+事務所
天井高はあまり高くない。デザインも機能性、合理性を重視したのか素っ気ないが、比較的明るく清潔な内部空間
Wikipedia > 丸ノ内ビルヂング、 新丸ノ内ビルヂング
丸の内ビルディング、 新丸の内ビルディング