04/01 慶応大学 図書館旧館
04/02 龍原寺
04/03 元神明宮・天祖神社
04/04 三田小山町あたり
04/18 大型クルーズ船を見物
04/29 喜八屋旅館旧館
04/30 泉ガーデン
泉ガーデンタワー
所在地:港区六本木1-6 Google Map
Photo 2013.1.18
東京メトロ南北線・六本木一丁目駅に直結した場所にある泉ガーデンタワー。
巨大な超高層ビルの足下を大きな柱数本で支えていて、大きな公開空地空間が確保されている。
オフィス階のロビーが上の方にあるので長いエスカレーターで結んでいるが、写真のビルの足下だけでなく、公開空地の斜面を上下するもの、表通り沿いに上るもの、南北線の改札前から南方向へ上るもの、すごくたくさんのエスカレーターが設置されている。
こうなるともうなんだかエスカレーターマニアなんじゃないかと思ってしまうほど。なぜこんなことになっているのかと思う不思議な設計だ。
泉ガーデンタワー
#新しい建物 港区 #夕景・夜景 #橋 #オフィス
喜八屋旅館旧館
所在地:新潟県佐渡市小木町56-1 Google Map
構造・階数:木造5F
備考:登録有形文化財
Photo 1992.8.28
学生時代に佐渡を訪れた際に撮った写真。小木港近くを歩いていて発見したのだが、木造5階建てであることにたまげた。ただ、その時はなんだかよくわからん建物だと思っていた。
最近になって、ふとGoogle MapとStreet Viewで探索してみたら、旅館の建物であることが分かり、登録文化財であることを示す銘板が玄関先に掲げられているのを発見。そこで、ぐぐってみたらこの建物、実は明治後期(1905)の2階建てを昭和初期(1928)に増築して5階建てにしたものだった。
そして更になんと、2012年にこの会社が破産したことも判明。Street Viewには2011年9月の写真が載っているが、当時のWebニュースなどでは存続が危ぶまれるという記事が散見される。解体されてしまったという記事はないが、現在、存在しているかどうかわからない。
20年前なんだかよく分からなかった建物のことが、東京にいながらにしてかなり詳しく分かってしまう。すごい時代になったものだなぁと改めて思うが、現状が分からないのはもどかしい感じ。
国文化財の旅館「喜八屋」破産、売却の見通し
#古い建物 新潟県 #ホテル・旅館 #塔 #登録有形文化財
横浜港大桟橋に停泊する大型クルーズ船「MS VOLENDAM」
象の鼻公園から遠望
Photo 2013.4.16
16日の夕方、山下公園を訪れたら大桟橋に巨大な客船が停泊していることに気づき、急遽見物に行く。Wikiで調べたら、フォーレンダム(MS VOLENDAM)60,906トン。全長238m、デッキ10層、客室数720室、乗客定員1,440名だそうな。
Wikipedia - フォーレンダム (旅客船)
大桟橋送迎デッキから
数年前に引退したクイーン・エリザベス2(70,327トン)よりは小さいようだが、日本最大のクルーズ船、飛鳥II(50,142トン)よりずっと大きい。長さはほぼ同じだが、幅や高さが違うのだろう。滞在は一昨日~昨日だったようなので、見られたのは運が良かった。
大桟橋・船客ターミナル送迎デッキから
10層もある船だとやはりかなり背が高い。超高層ビル並に大きな鉄製の箱が、大波を受けながら洋上を進むわけで、船というのはなかなかの構造体なのだろう。
新港埠頭・赤煉瓦倉庫付近からの夜景
確かに大きいのだが、画角に他の普通サイズの船を入れるとか、建物を入れるとかしないと意外に巨大さはわからない。また、この写真のような横からのショットよりも、前後から見る方がずんぐりして高さが出るのでかえって大きく感じられる。全景を入れるのでなく、3枚目のように近くでのアップの方が巨大さは伝わる感じ。
#船 #夕景・夜景
小山湯階段を下りて旧三田小山町へ。
小山湯階段 正面は旧小山湯の建物
所在地:港区三田1-11 Google Map
型 :クランク
段数 :39段
幅 :0.9~1.3m
高低差:約7.5m
長さ :約15m
蹴上 :18~20cm
踏み面:28~30cm
傾斜 :31-36°
備考 :「東京の階段」p.112
Photo 2013.1.18
小山湯じたいは2007年に廃業してしまったが、建物はまだ残されている。
旧三田小山町
撮影地:港区三田1-10 Google Map
Photo 2013.1.18
旧町内の東側の2地区では、写真奥のように既に市街地再開発事業による2棟の超高層住宅が完成している。しかし小山湯を含む一番西側のエリアでは、「三田小山町再開発を心配する会」なるものができているようで、あちこちにのぼりが立っている。Webで調べてみたところ、やはり再開発反対関連のHPが作られていた。
小山町3・5地区 再開発を心配する会
再開発に伴う金銭的な面の詳細は私には分からないが、従前の住人が費用をあまり負担せずに再開発が実現できるかどうかを危ぶんでいる、というのがメインのようだ。そして、その手段として超高層集合住宅が提示されていることに対する懸念も述べられている。
この地区は老朽化した木造家屋が多く建ち並び、地震や火災時の危険性が言われている。また、古川沿いの低地で、過去においては何度も水害に遭っている場所だという。
そんなわけで市街地再開発事業が検討されていて、実際、東側2地区では先行して再開発が行われたわけだ。ただ、その先行事例を見るにつけ、再開発のあり方が気になったりするのだろうなと、個人的には思う。
超高層住宅はきれいで最新の設備も整っている。だが、見ていると生活感はかなり乏しい。それぞれの住戸が閉じている感じ。HPではあまりそのへんは多く述べられていないが、今までのライフスタイルとのギャップに戸惑っている面はあるだろう。
タダで建て替えをやる、つまり従前からの住人が費用を負担しない、ないしは最小限の負担で建て替えを行うには、住戸を増やしてその分の売却収入等から建て替え費用を返済するという仕組みがどうしても必要になる。その場合、やはり超高層化の方が多くの住戸が造れるし、公開空地が取れるし、場合によっては容積率ボーナスが貰えて、より大きな延べ床面積の建物にすることができる。超高層建物は建設費が高いが、人気もあることだし、返済プランも比較的立てやすいのかもしれない。
それからもう一つ、商業的な枠組みの中で再開発が企画される場合、どうしても規模を大きくしたいという意志が働くように思う。小規模なものだと設計上の自由度も低くなるし、完成後の話題性も少ない。ある程度の規模以上にならないと、開発コストが割に合わないのかもしれない。
自治体など公的立場の側も、大きな再開発なら、災害対策の設備や集会場、公園・公開空地などの附置を依頼しやすくなる。大規模に再開発するのだから、そして大きな利益を上げるのだから、少しぐらい地域貢献して下さいということ。そして、危なっかしい木造住宅地はこの際だから一掃しちゃいましょう、という感覚もどこかに働く。
そんなわけでタダでやろうとすると、現状では超高層しか選択肢がなくなってしまうようだ。
しかし、地震や火災に強い街を作るのに、超高層化は避けられないのだろうか?
耐震、耐火は個別の建て替えでも対応できるし、耐震補強をしたり、外壁を不燃材にするなどで簡易耐火化する手もある。もちろん自己負担は避けられないが、普通の住宅地の場合、所有者は自分で建て替えたり改築・改修をしている。
だが市街地再開発が計画されていると、そこでは自力での建て替えもしにくい。やってはいけない決まりがあるかどうかは知らないが、せっかく建て替えても最終的に取り壊すことになったりして、お金が無駄になる可能性がある。超高層建物を建てて増えた分を売却すれば、自己負担は最小限で済みますよという、ちょっと手品みたいな案が出てくると、誰でもそれに乗っかりたくなる。そんな状況だと自力で建て替えようという人はいなくなる。従って、市街地再開発をやるかやらないかはっきりさせないと、ある意味やばい状況がいつまでも続く。
HPによると、細街路は多くはなく、緊急車両の通行も可能で、建物が倒壊して道路を塞がない限り、救助・消防活動は可能なようだ。自己負担をしても良いのなら、大型の市街地再開発をやめるのも手だ。だが自己負担ができない、乃至はあまりしたくない人もいる。足並みが揃わないと危険な住戸が残り、地域の安全性はあまり向上しない。そのへんをどうするかは実に微妙だ。
洪水に関しては、現在、古川の真下に地下調節池が建設中で、集中豪雨時に一時的に雨水を貯留する、延長約3.3kmにも及ぶ地下トンネルが建設されている。2016(平成28)年に完成予定だそうなので、3年後には、周辺のたいがいの洪水問題は解決することになる。再開発ビルができるよりも恐らく先だ。
地盤の標高が5m程度なので、巨大津波が来たら超高層建物でも低層部は水につかってしまう。再開発をしなければ戸建て住宅は流されてしまうかもしれないが、南側の高台や隣の再開発ビルに逃げ込めば人命は助かる。そのぐらいの津波が来たら、中央区や江東区は全部が浸かることだろう。たとえ超高層ビルであっても、津波で基礎が浸されたり、地盤が大きく沈下・移動した場合、その後も使い続けられるかどうかは恐らく誰も経験がないのでわからない。巨大津波に対する安全性でもって、再開発の是非を議論するのは難しいのではないだろうか。
というわけで、つらつら個人的に勝手に考えてみると、お金の問題をどう考えるか、そしてそこにできあがる街だか建物の住み心地と、コミュニティの状況をどう考えるか、というあたりが、鍵になるのではないかなぁと思われる。
#階段・坂 港区 #街並み 港区 #高層ビル #路地
元神明宮・天祖神社
所在地:港区三田1-4 Google Map
構造、階数:RC、5F・B1F?
建設年:1994(平成6)
Photo 2013.1.18
江戸名所図会にも描かれている元神明宮は、20年近く前に社務所と集合住宅が一体化したRCの建物に建て替えられた。
神社の場合、古式の雰囲気を残すようにという宗教的な方針があるようで、寺院のように激しくモダンな建物になることは意外に少ない。
社殿はまるごとRCの覆い堂の中に納まっている。さや堂とか覆い堂は他にも例があるが、ここの場合、諸々の事情があったのか、木造の社殿はRCの天井ギリギリ一杯に納まっている。風雨にさらされて屋根が傷むことはないので、屋根に上っての修繕の必要はないが、これでは社殿の全貌がまるで見えない。なんでこうなったのだ~
写真はRC建物の隅っこで、3枚の写真を撮ってむりやり繋げている。写真奥には社務所受付もあったりして、コンパクトと言えばコンパクトなのだが・・・。
お社は一部に古材が使われているが、全体としては比較的新しいようだ。風雨に曝されないので、20年近く経った今でも木の香りが少ししているのはおもしろい。
Wikipedia - 元神明宮
#古い建物 港区 #新しい建物 港区 #神社
龍原寺
龍原寺 本堂
所在地:港区三田1-13 Google Map
構造・階数:木造1F
建設年:1846(弘化3)
Photo 2010.6.6
本堂がいつ頃の建物なのか、今までよく分からずにいたのだが、港区教育委員会の資料(2006年)に、江戸時代後期の建物であることが記載されているようだ。修復とかはしているのだろう。150年以上前の建物だが、比較的きれいだ。ただ文化財指定等はされていない。
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龍原寺 本堂 軒庇裏の装飾
Photo 2013.1.18
さて、本堂入口部分にある唐破風庇の天井に、漆喰で描かれたと思われるレリーフ装飾があるのだが、これがなんだか気になる。
お寺が龍原寺という名であるためもあってか、龍が描かれているのだが、これが妙に立体的で、足や爪先が空中に飛び出しているのだ。立体的な漆喰彫刻はときどきあるが、爪先がぐいっと出ているのはちょっと珍しい。その一方で胴体の方は墨絵のようでもあり意外に平板。なんとも不思議な装飾だ。
漆喰細工としては「伊豆の長八」の作と伝えられるものが都内でもいくつかあるが、ここの龍にはそういう情報は特にない。落款のようなものもあるが、誰か有名な人の絵なのだろうか? そのうちお寺の方に尋ねようと思っているのだが、私が訪問する時はなぜか不在が多く、知らないままになっている。
龍原寺境内から通り沿いのマンション
Photo 2013.1.18
三井倶楽部やオーストラリア大使館がある一帯は古川の南側の高台になっている。三井倶楽部の前を東西に走る道は、東側が「綱の手引き坂」、西側は「日向坂」。南側へ下るのが「綱坂」で、北へ下るのは「神明坂」。尾根筋の北側にある龍原寺は、スロープ付きの段々を北向きに下って境内に入る空間構造になっている。
上の写真は、門を入って段々を下りて、境内側から道路沿いのマンションの下部を見たもの。古い石垣の擁壁の上にギリギリいっぱいで6F建ての建物が載っかっているのはちょっとすごい。基礎は大丈夫なんだろうか?
#古い建物 港区 #寺院
慶応義塾大学 図書館旧館 玄関内部
所在地:港区三田2-15 Google Map
構造 :煉瓦・石造
階数 :3F・B3F、塔の部分は4F、書庫は6F
建設年:1912(大正元)
設計 :曽禰中條建築事務所
備考 :国重要文化財
Photo 2013.1.18
震災と戦災で被災したというが、戦後、復旧されて現在に至る。赤絨毯が敷かれた玄関室も良い感じ。キャンパスが開いている時なら、階段室の手前までなら入って見ることができる。
階段室のステンドグラス
Photo 2013.1.18
階段室にある「ペンは剣よりも強し」を表すステンドグラス。馬を下りた武将が下方に描かれ、ペンを手にした自由の女神を見上げているようなのが印象的。女神には後光も射している。ただ見ようによっては、西洋文明が進んでいて、日本文化が劣ってるという感じに見えなくもないし、西欧文明的な聖人と野蛮な日本武士という構図にも見えてしまう。実際、当時の感覚としてはそれに近いものだったのかもしれないが、現代の立場からするとやや釈然としなくなる。ただ、内容はともかく、大きなステンドグラスは精緻で鮮やかで美しい。
慶應義塾HP > 慶應義塾図書館 図書館のスティンドグラス
#古い建物 港区 #大学 #近代建築 #曽禰中條 #重要文化財