‘07/02/18の朝刊記事から
「残業代ゼロ法案」見送り
国際基督教大学教授 八代尚宏
管理職ではなくても自分の判断で仕事をするホワイトカラーを、労働時間規制の対象から除外(エグゼンプション)する一方、上司の指示で働く一般社員の残業割増率は引き上げるという働き方の改革案のうち、ホワイトカラー・エグゼンプションの今国会提出が見送られる方向となった。
反対派の命名絶妙
これは「残業」という概念がなくなることを「残業代ゼロ法案」と称した反対側のネーミングが絶妙であったためだ。
しかし、この制度は「残業代の定額払い」と呼んだ方がより正確な表現である。
自動車製造などの流れ作業で働く工場労働者が1時間働けば、確実に1時間分の製品が生まれる。
その意味で、時間の長さに応じた賃金が合理的である。
しかし画一的な仕事ではなく、そもそも「考えること」自体が仕事の中心となる高度な業務のホワイトカラーにとって、労働時間とそれ以外の時間との境界は極めてあいまいである。
残業時間を自己申告する現状の仕組みでは、だらだらと仕事をする社員ほど残業収入が多くなる。
これでは、子育てや勉学と両立させるために、短時間で効率的に仕事を終わらせる社員にとって不利な仕組みとなる。
部下がいなくても、管理職手当てのように、本給に加えて「定額払いの手当」を受け取る方が合理的である。
時間単位ではなく月単位で仕事の報酬を受け取る「月給」とは、もともとそうした概念であった。
時間に比例した残業代の歯止めがなくなれば、仕事が増えて長時間勤務になるといわれている。
しかし知的労働では、残業時間の長さではなく、成果に連動した報酬で質の高い仕事をする意欲を高める方が、企業にとってはるかに大きな利益が得られる。
安全弁確保が必要
責任ある仕事をするために、現実に週休二日制を取り難い社員のための安全弁として、例えば3ヵ月ごとに一定期間の健康管理休暇を義務付ける。
そうすれば集中的に働き、まとめて休むことも可能となる。
こうした実効的な健康管理のための議論がもっと必要であった。
チームワークを過度に重視するあまりに、仕事上の権限や責任があいまいとなっている現行の働き方では、責任感の強い社員に仕事の負担が偏る。
半面、それに便乗する無責任者が増えるのを防ぐことができない。
個人の仕事の責任範囲を明確にすれば、無駄な会議も減らせて業務の効率化が進む。
むやみな反対論ではなく職場の実態に合わせて、対象者の範囲などあたら着すぎを防ぐための具体的問題を解決し、働きやすい職場をつくる知恵を労使で出し合うとともに、労働者が不利にならないような安全弁を制度的に確保すべきである。