履 歴 稿 紫 影子
北海道似湾編
カケス 7の6
「カケスはなあ、良く馴れると物真似をするようになるぞ。」と言って、保君は帰って行ったのだが、それは全くの事実であった。
と言うことは、玄関を這入った土間の正面に、石油の空箱を台にして、その上にカケスの巣箱を置いたのであったが、毎朝餌をやる時の私が「お早う」と、カケスに呼びかけて居ると、10日程たったある朝のそうした時に、それは不完全な発声と語調ではあったが、どうにか「お早う」と聞きとれるように、カケスが応答をしたからであった。
私は、このカケスをとても可愛がったのだが、それは捕えてから二ヶ月程経過をした或る朝のことであった。
いつものように、餌をやろうと巣箱の前に立った私は、思わず「オヤッ」と、声を出して巣箱の隅を凝視した。
その頃では、私が餌を持って巣箱の側へ近づくと、「お早う、お早う」を連発して、バタバタと羽搏くまでに慣れて居たカケスが其処に斃れて居た。
私は吃驚と言うよりも周章てて保君の家走った。
私が、「保君」と叫んで勝手口から飛び込むと、丁度洗面を終ってタオルで顔を拭いて居た保君は、私の周章かたに相当吃驚をしたらしく、「どうしたんだい、朝っぱらからそんなに周章てて。」と言いながら私の傍へ寄って来た。
「保君、すまん、カケスが死んでしまったんだ。」と言って、私は保君に頭を下げた。
「なんだ、カケスが死んだのか、大したこと無いじゃないか、大体一番先に罠に飛びつく奴はなあ、年寄カケスなんだ、だからあまり長生出来ないんだよ、なあに心配するなよ、また捕まえてやるよ。」とこともなげに保君は言ってくれたのだが、彼が苦心をして、折角捕えてくれたカケスを殺してしまったのは、私の飼育方法に欠陥があったのではなかろうか、と言う自責の念で胸が一ぱいであった。