ベッラのブログ   soprano lirico spinto Bella Cantabile  ♪ ♫

時事問題を中心にブログを書く日々です。
イタリアオペラのソプラノで趣味は読書(歴女のハシクレ)です。日本が大好き。

原発事故、米の退避勧告 日本政府、見送り要請 「同盟関係に悪影響」

2011年10月02日 | 東日本大震災

ニュース >国際・科学 >記事原発事故、米の退避勧告 日本政府、見送り要請 「同盟関係に悪影響」
2011年10月2日(日)08:00
 【ワシントン=佐々木類】東日本大震災で米政府が、放射能漏れ事故を起こした東京電力福島第1原子力発電所から半径50マイル(80キロ)にいる米国民に退避勧告を出す際、日本政府が日米同盟への悪影響を理由に勧告を出さないよう要請していたことが分かった。複数の日米関係筋が明らかにした。退避勧告をめぐる日米交渉の具体的な舞台裏が判明したのは初めて。米軍による“トモダチ作戦”が遂行される一方、日米双方がぎりぎりのやりとりを行っていたことが浮き彫りになった。

 日米関係筋によると、米政府は原発が水素爆発や火災を起こしていた3月16日、米国民の保護が急務との判断から、在ワシントン日本大使館の藤崎一郎大使を国務省に呼び、キャンベル国務次官補が福島第1原発から半径50マイルにいる米国民に退避勧告を出す方針を伝えた。

 この際、日本側は、「放射能汚染に関する確たる情報がなく、米政府の事前通告を聞き入れるしかなかった」(関係筋)という。

 だが、別の関係者によると、藤崎大使の打電内容を伝え聞いた首相官邸側が在京米大使館側に接触、「米政府が退避勧告を出せば米国への不信感が増大して同盟関係に悪影響が出る」などとして、退避勧告の見送りを要請したという。
 これに対し、米側は「政治的影響を議論している悠長な場合ではない。自国民保護は最重要だ。日本国民の理解を得られると確信している」と伝えたという。

 米政府は16日午後(日本時間17日未明)、福島第1原発の半径50マイルにいる米国民に退避勧告を出すとともに、日本に滞在中の米政府職員と家族に日本国外への自主的な退避を呼びかける勧告を出した。

 日本政府は表向き「自国民保護の観点だろう」(当時の枝野幸男官房長官)と理解を示していたが、日本政府として半径20キロ圏内の退避、20~30キロの屋内退避指示を出しており、米政府の退避勧告が同盟関係に悪影響を与えることを強く懸念していたという。

 米政府は退避勧告を出す直前、原子力規制委員会(NRC)など関係省庁の担当者60人による電話会議を行い、「東京在住の米国民9万人全員の避難」も検討したが、このときは逆に「東京からの退避勧告は時期尚早。(刺激が強く)日米関係が揺らぐ」として、見送った経緯がある。

☆ こんなときでも民主党政権は危機管理能力と謙虚さに欠けていた。菅政権の罪は深い。(ベッラ)


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道場六三郎 東北地方太平洋沖地震についてのメッセージ

2011年10月01日 | 東日本大震災
道場六三郎 東北地方太平洋沖地震についてのメッセージ


道場さん、あれからずっと変わっていない。
謙虚で優しく、純粋なお方である。
東京も揺れたときいて、銀座の8・9階にお店を構えていらっしゃる道場さんに電話をしたが、お留守だった。
お弟子さんに伝言をお願いした。

以前、テレビで道場さんがアメリカに行って、お寿司を披露されたことがあった。
こともあろうに、アメリカ人はディップをつけて(ケチャップのような)お寿司を頬張り「グッド」なんて親指を立てて誉めていた。
司会者は「こんな食べ方もある」と謙虚?に言っていたが、私は烈火のごとく怒って、道場さんに伝えた。

「こともあろうに道場先生のお寿司を、食べ方もきかずに味もわからない人に、ディップをつけて食べさせ、それに媚びるフジテレビの企画って何だ!」とまくしたてた。
道場さんは言えない立場だったのに違いない。
私が喚くのを「大変感動してお伺いした」とおっしゃった。和食を味わうのにどうして日本人に訊かない、あれではマクドナルドと同じではないか、テレビ局は本当の食文化を伝えなければ国際交流にならない、と怒り、道場さんはあれから、そのような企画には出ていない、とおっしゃた。
「食材に国境はない」という道場さんのポリシーをいいことに、道場さんにとってお料理は芸術品だ。
食べたらなくなってしまう「芸術品」だが、心してその芸を味わうことをせず、日本人として気持ちを踏みにじられたように思ったものだった。

でも、何もかもわかっているこのマエストロに、私ごときが言うべきではなかったかもしれない。
道場さんは「あなたとはどこかでお茶でも飲みに行きたいね」とおっしゃった。
もちろん、お話だけである。
そう言っていただけて光栄!。
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よくこんなことをシャアシャアと言えるね、宮城県の寒さ対策に平野復興相

2011年09月30日 | 東日本大震災

仮設住宅の寒さ対策、宮城県に大幅な遅れ
読売新聞 9月30日(金)20時32分配信

 東日本大震災の仮設住宅の改善を目的とした関係省庁によるプロジェクトチームの会合が30日、厚生労働省で開かれ、被災3県の市町村や入居者を対象にした居住環境に関する調査結果が報告された。

 宮城県の寒さ対策の遅れが目立ち、会合で平野復興相は、同県の東京事務所長に「自治体が動かなければ進まない。主体性をもってやってもらいたい」などと強く要請した。
 調査は仮設住宅団地のある被災3県の50市町村を対象に8月上旬に実施。断熱材の追加工事で、岩手が28・6%(325団地中93団地)、福島が7・3%(165団地中12団地)で実施済みか実施予定だったのに対し、410団地ある宮城はゼロだった。窓の二重ガラス化も岩手は42・8%、福島は11・5%で、宮城は0%だった。

                     ベッラあとがき

冷血人間、平野復興大臣、これはあの松本と同類ですね。
最初から東北の四季などよくわかっているはず。
阪神大震災の仮設と違って、東北の冬は大変寒いということくらい小学生だって知っている。

仮設住宅を建てる時、なぜ窓の二重ガラスにしなかったのか。
一枚のガラスにしておいて、あとでもう一枚工事するよりも、最初からペアガラスにしていたほうが、あとの工事も不要で、夏の冷房も効果的、それを考えもせず、中途半端なことをしておいて、思いやりなど全くない。

建設の時にペアガラスにすると簡単だったはず。断熱材も同じだ。この夏、どれほど暑かったことか。
阪神大震災では真夏は家の中のほうが暑かったという。その反省をいかしていない。

それこそ無駄遣いというものだ。最初から見こして工事もせずに済むように、計画しておくべきだった。
それにバスルームやトイレに手すりも必要なことだと思う。
ご年配の方々のところには手すりは必要である。(老親介護をしている私はよくわかる、介護をするほうも命がけだもの)

そしてまた疑問に思っていたことだけど、仮設住宅の前がなぜ「じゃり」なんでしょう。
阪神大震災の時も、老人や幼児、身体の不自由な方など、怪我のもととなった。
車椅子も動かない。

大臣はこのように、自分たち与党の反省もなく、「上から目線」専門集団なのか、嘆かわしいばかりだ。

「自治体が動かなければすすまない、主体性をもってやってもらいたい」だって?
自治体は可能な限り動いてきた、その自治体も被災者であり、ボランティアも不足し、救援物資もなかなか届かなかった・・・。

「冬を無事に過ごして頂くために、共にがんばりましょう。」と、どうして言えないのか、・・・心が凍る思いだ。


ここまで書いてしばらく呆然としていた。(ここから先は数時間後に書きました、小泉進次郎氏の代表質問を見てからです)
そして父の介護をしていて、後で見ようと思って自動録画していた国会中継で小泉進次郎氏が、平野復興大臣に質問しているのを見た。

小泉議員は、この時、平野復興相に「厳しい冬を仮設住宅で迎える人々に対する寒さ対策を急いでしなくてはならない」と言っている。
これに対して平野復興相は「仮設住宅の構造上、寒さ対策が十分ではない。プロジェクトチームで寒さ対策の具体化をすすめたい」と答えている。

また、小宮山厚生労働大臣に、仮設住宅に住む方々のアンケート結果を質問している。
小宮山大臣は「9月20日にまとめたアンケートでは、

1、二重サッシ、ペアガラス、畳を敷いてほしい、
2、壁に断熱材を入れてほしい、
3、手すり、スロープをしてほしい、
4、玄関を開ければ雨風が入ってくるのでひさしを長くしてほしい。
5、道のじゃりを簡易舗装してほしい」という結果を答えた。(やっぱり思った通りの結果だった・・・)

小泉氏は平野大臣に「いつまでにできますか?」
平野「冬までに」
小泉「今までの資料では初雪が、石巻が11月2日、岩手は11月3日、宮城は11月18日・・・もう2カ月ない。」
平野「市町村、県が取り組んでいる、後押しをしたい」・・・ここで時間切れ、

そして平野は、さっそく被災地に「自治体が動かねば進まない、主体性を持ってやってもらいたい」と強く要請、いいえ丸投げです。
前任の松本と全く同じことを言っている・・・さすが「青山繁晴を逮捕しろ」とわめいた大臣だけあり、何も考えていないのでしょうね。

冬用の物資など、大丈夫なのでしょうか。それと義援金も気になっています。
小泉進次郎さん、よく頑張って下さいました。
このままでは冬は不安です。
また、抗生物質が効かない呼吸器の病気も幼い子供に流行る、ということも心配です。衛生面の指導や対策は欠かせません。
小宮山大臣、対策は考えていますか?
この政府、何もできていないまま、時が過ぎるという最悪のことにならないよう、・・・やはり不安です。
被災地に行ってこんなことを言っている平野大臣、ヤル気はないようで、心配です。
   



9月30日のアクセス数 閲覧数:4,423PV 訪問者数:928IP
順位: 359位 / 1,638,309ブログ中


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「被災地へ行け!」「福島原発に行って働け!」という罵倒・・・「正義」の仮面をつけた無法な発言!!

2011年09月24日 | 東日本大震災

あの「うつみ宮土理」がテレビで『菅さん菅さんって批判するんだったら、被災地へ行って働け』という意味のことを言って、大変な顰蹙をかっていたのを思い出す。
そして先日めでたく「退院」した松本元復興大臣、宮城県知事に「知恵を出せ、しっかりやれ」など上から目線で言いたい放題、自分はお客だから先に迎えないか、マスコミに「これを書いたらその社は終わり、これオフレコね」・・・これも仰天。

そして「神戸市民は阿呆」など『氏名から名前へ』の件で、わけのわからぬ暴言の呆ブログ、汚く罵ると政治に肩入れしたように勘違いしている。
共通するのは「自分は手を汚さず、高みから見物がてら悪態をつく」こと、しかも「正義」という仮面をかぶって!!

また、見識のない「八つ当たりコメント」もある。
脱原発を影であやつるとんでもない連中のことを批判したらヒステリー調で「福島原発で働け、だったら言うな!」という女性のコメントを他で見た。

「被災地で働け」「福島原発で働け」・・・これって、どういうつもりで書いているのだろう。
被災地や福島原発で働くことを「懲罰」のように扱うのは無礼千万で卑怯、軽蔑してしまう。

阪神大震災の時、ボランティアで遠くから来て下さった方々にお世話になった。
心からお礼を言った。
入浴がずっとできない日々が続いた時、学校のグラウンドにテントを張り、どこから調達したのか古い浴槽を並べ、大量のお湯を沸かして被災民を入浴させて下さった。
みんなが「ありがとうございます」と頭を下げながら、暖まって帰っていった。
今でもそのころをハッキリ思いだす。

でも・・・「被災地で働いて来い!」なんて、・・・そう考えるといたたまれなくなる。
善意の方々の行為をどう考えているのか!
コメントの道具に平気で「被災地へ行って働け」「福島原発に行って働け」という許し難い発想で書くのは、心の中真っ暗闇なんでしょうね。
そんなこと書く人はだいたい「何もしない」人が多い。

うつみみどりは、あの件からすぐ「韓国」にショッピングに出掛けた。
松本元大臣はながらくご入院、しばらくは政治からはなれて療養するという。

潔癖とは決して言い難いふたりの有名人だが、被災地や原発には程遠いところにいる。
それならば、それなりの謙虚な姿勢があるはずだが。
そんなものなのか・・・。
被災地や原発で心を痛める人たちは決してそんな言い方はできない。

私が老親をかかえて近くの高校に避難していた時、「りんごを配布します」という<さきがけ>という政党が来た。
「ひとり一個です」・・・配りながらイライラしてきたのか「私らはまだ貰ってないよ、さあ、並んで並んで!」と言うではないか。(地元の人ではない・・・長いこと瓦礫の道を輸送して下さったのだろうけれど)

みんな一列に寒空に並んでいる。誰も列を乱す者はいない。
りんご一個の為になんという屈辱、みんな口をきっと結んで耐えていた。そのりんごを食べるのは並んでいる人ではないのだろう。貴重な食料だった。
前日、家族を失った人たちもいっぱいいたのだ。放心状態だった。
「子どもの為に」「年寄りのために」と、並んだ人たち・・・投げ返したいけれど、・・・でも忘れない、今でもくやしくて当時の情けなさを語る。
「私たちは物乞いではない」・・・。

有名人であれ、ブロガーであれ、一番卑怯な手はつかわないでほしい、そうお願いするだけである。
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Tsunami Damaged Junior High, Addresses at a Graduation Ceremony (English Subtitles)

2011年09月17日 | 東日本大震災
Tsunami Damaged Junior High, Addresses at a Graduation Ceremony (English Subtitles)


さらりんさまから頂いた動画です。
この言葉を聴く私たちも共に涙をこらえることができません。
さらりんさまがこの動画に素晴らしいコメントを付けて下さっています。

まだ雪の舞っていた3月から、もう6カ月。
残暑厳しい中にも秋が駆け足でやってきています。

昨日のNHKの9時のニュースでの中に、
宮城県の階上(はしかみ)中学校の今春の卒業式で、
素晴らしい答辞を読んだ梶原裕太くんの現在の姿がありました。
(ベッラさまもご覧になられたかもしれませんが…)

『苦境にあっても、天を恨まず、運命に耐え、助け合って生きて行くことがこれからの私達の使命です』
溢れる涙を堪えながら読まれる雄々しい答辞で何度見ても感動と共に、
励まされ心揺さぶられる答辞です。


さらりんさま、ありがとうございます。
台湾でもこのニュースを報道されたようです。
これを拡散すれば中国語圏でも大変感動を受けると思いますので、次にアップします。


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